青色 発光 ダイオード ノーベル 賞。 ノーベル賞に輝いた青色発光ダイオード開発とその後(大川和宏 氏)│伊藤塾「明日の法律家講座」レポート

ノーベル物理学賞と青色発光ダイオード(LED)

青色 発光 ダイオード ノーベル 賞

日本人としては一昨年に医学生理学賞を受賞した山中伸弥・京都大教授以来の快挙だ。 間に立つ天野教授の絶妙な役割 3氏の顔ぶれ自体に、深い意義が感じられる。 知名度では抜群であろう中村教授。 徳島の中小企業で辛酸をなめながら這い上がったサクセスストーリー、その後の発明対価をめぐる訴訟などでのアグレッシブな印象は歴代の日本人受賞者の中でも際立っている。 世界に対する日本人のイメージを変える意味でも、今回の受賞は心が躍るものだろう。 対照的に赤崎教授は、この道一筋のオーソドックスな研究者。 戦中は軍需工場勤務も経験、戦後に京大で「鉄」や「結晶」の研究に携わった後、1970年代からは松下電器産業(現パナソニック)や名古屋大学で窒化ガリウムによる青色LED開発に没頭。 「一生かけてもできないかもしれない」と思っていた研究を80年代の終わりになって結実させた。 名城大に移ってからも毎年、ノーベル賞候補としてその名前が挙がり続けていた。 特許料の一部は母校の名古屋大学に寄付、研究業績などを紹介する「赤崎記念研究館」はすでに名大構内に建てられている。 誰もが納得し、誰もが喜ばしいであろう今回の受賞だ。 両氏に比べれば知名度の劣る天野教授。 30以上年齢の離れた赤崎教授を師と仰ぎ、中村教授よりも6歳若い。 現役研究者として今も飛び回り、受賞の知らせも学内では受けられなかった。 しかし、この快挙は天野教授の業績と役割なしにあり得なかったことは間違いない。

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【特集】2014年ノーベル物理学賞受賞 Special contents

青色 発光 ダイオード ノーベル 賞

その日の夜、中村修二(当時37歳)は研究室のドアに鍵をかける前に、もう一度、中の暗がりを覗き込んだ。 器具や材料が散らかった机の上に、ぼんやりと青い光が載っている。 まるで大きなホタルのようだ。 「どうせ、明日まではもたんぜ」。 中村は呟いた。 光を放つ、その小さな装置は青色発光ダイオード(LED)と呼ばれている。 電圧をかけると、光を放つ半導体である。 赤や緑はそれまでに開発されていたが、青はまだないに等しい。 ほんの数秒だけ光って消えてしまう。 もし、明日の朝まで光り通してくれたら、世界中の研究者がこの20年間、躍起になって取り組んで誰もできなかった快挙を、なし遂げることになる。 その夜、ふとんに入ってからも浅い眠りを繰り返すだけで朝を迎えた。 会社へと急ぎ、もどかしい思いで研究室のドアを開けた中村は、言葉にならない叫び声を上げた。 薄暗がりの中で、青いホタルが昨夜と変わらぬ玄妙な光を放ちながら、中村を待っていたのだ。 それから4年後の1995年、中村は青色のレーザー光線を開発した。 朧げなホタルは、輝く光の剣になった。 中村の一連の研究成果は、社会を大きく変えようとしている。 手近なところでは、交通信号機の緑が鮮やかな青になる。 米国ではいま信号機のLEDへの切り替えが急ピッチで進んでいる。 テレビも変わる。 現在は電子を蛍光体に照射して色を出しているが、LEDは電圧をかけるだけでいい。 効率が良く寿命も長いから値段も安くなり、薄さまも追求できる。 青のLEDができたことによって、白色LEDも可能になった。 白は実は微細なさまざまな色の混合体である。 あまりにも微細なため、人間の目が識別できないだけだ。 青が加わり、すべての色が作れるようになった。 白もそのうちに入る。 白のLEDはいずれ白熱電球を駆逐するだろう。 寿命が長く、省エネ効果があるからだ。

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ノーベル賞級の特許訴訟! 青色発光ダイオードの特許権は? [マーケティング] All About

青色 発光 ダイオード ノーベル 賞

光技術の革命 LEDは電圧を加えると発光する半導体素子で、電気エネルギーが直接光エネルギーに変換され、発熱などのロスが生じないことから、省エネルギーの発光体として注目されていた。 発明は1962年で、当時ゼネラル・エレクトリック社の研究者だったニック・ホロニアックJr. 氏によるもの。 当初は赤色のみだった。 後に西澤潤一・東北大学教授により、高輝度の赤色LED・緑色LEDが開発され、日本はLED研究の中心地の一つとなる。 さらに黄緑色LEDも開発されたが、光の3原色(赤・緑・青)のうち残る青の開発は難航。 適切な素材がなかなか絞り込めないのが原因だった。 青色LEDの実用化で、すべての色の光をLEDで作り出すことが可能になり、工業製品としての応用範囲が劇的に広がることになった。 基礎を作った名古屋の2人 赤崎勇氏は、1929年鹿児島県出身。 京都大学理学部化学科卒業後、松下電器産業入社。 同社東京研究所基礎研究室長、名古屋大学教授を歴任。 青色発光ダイオードの材料となる窒化ガリウム(GaN)の結晶化などに成功した。 天野浩氏は、1960年静岡県出身。 名古屋大学工学部電子工学科卒業、同大学大学院博士課程中退。 工学博士。 名古屋大学助手、名城大学教授など歴任。 赤崎教授の共同研究者。 怒りのノーベル賞受賞 中村修二氏は、1954年愛媛県出身。 徳島大学工学部卒業、同大学大学院修士課程修了。 工学博士。 大学院修了後、徳島県の日亜化学工業に入社。 同社で窒化ガリウム結晶の量産化に成功した。 だが、後には日本企業の研究環境に失望し、カリフォルニア大学に移籍することになる。 また退社後、日亜化学に対し、この製造法の特許権の個人への帰属の確認および会社への承継の際の対価支払いを求める裁判を起こし、日本の企業慣習と「職務発明」の際の特許権個人帰属の問題に一石を投じることになった。 中村氏は、受賞決定後の記者会見でも「怒りがすべてのモチベーション」と、日本企業と社会に対する不満をぶちまけていた。 日本のノーベル賞受賞者は22人に 今回の受賞決定で、湯川秀樹氏(1949年物理学賞)から連なる日本のノーベル賞受賞者(外国籍含む)は総計22人となった。 内訳は物理学賞10人、化学賞7人、医学・生理学賞2人、文学賞2人、平和賞1人。 日本人のノーベル賞受賞者 受賞年 賞 氏名、業績 2012 医学・生理学賞 山中 伸弥(やまなか・しんや) 京都大学iPS細胞研究所長・教授(受賞時) 業績:さまざまな組織の細胞になる能力がある「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を開発 2010 化学賞 根岸 英一 (ねぎし・えいいち) 米パデュー大学特別教授(受賞時) 業績:「有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング」に成功 鈴木 章 (すずき・あきら) 北海道大学名誉教授(受賞時) 業績:同上 2008 物理学賞 南部 陽一郎 (なんぶ・よういちろう) 米シカゴ大学名誉教授(受賞時:米国籍) 業績:「自発的対称性の破れ」の発見 小林 誠 (こばやし・まこと) 高エネルギー加速器研究機構名誉教授(受賞時) 業績:「CP対称性の破れ」を理論的に説明した「小林・益川理論」を提唱 益川 敏英 (ますかわ・としひで) 京都大学名誉教授(受賞時) 業績:同上 化学賞 下村 脩 (しもむら・おさむ) 米ボストン大学名誉教授(受賞時) 業績:「緑色蛍光タンパク質(GFP)」の発見・開発 2002 化学賞 田中 耕一 (たなか・こういち) 島津製作所フェロー(受賞時) 業績:生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発 物理学賞 小柴 昌俊 (こしば・まさとし) 東京大学名誉教授(受賞時) 業績:岐阜に建設された素粒子観測装置、カミオカンデで素粒子ニュートリノを世界で初めて観測 2001 化学賞 野依 良治 (のより・りょうじ) 名古屋大学理学部教授(受賞時) 業績:ルテニウム錯体触媒による不斉合成反応の研究 2000 化学賞 白川 英樹 (しらかわ・ひでき) 筑波大学名誉教授(受賞時) 業績:電気を通すプラスチック、ポリアセチレンの発見 1994 文学賞 大江 健三郎 (おおえ・けんざぶろう) 作家 業績:『個人的な体験』(1964)などの作品を通じ、現実と神話が密接に凝縮された想像の世界をつくりだし、現代における人間の様相を衝撃的に描いた 1987 医学・生理学賞 利根川 進 (とねがわ・すすむ) 米マサチューセッツ工科大学教授(受賞時) 業績:「抗体の多様性生成の遺伝的原理」の発見 1981 化学賞 福井 謙一 (ふくい・けんいち) 京都大学工学部教授(受賞時) 業績:化学反応と分子の電子状態に関する「フロンティア電子理論」を樹立 1974 平和賞 佐藤 栄作 (さとう・えいさく) 元首相 業績:非核三原則を提唱するなど太平洋地域の平和に貢献 1973 物理学賞 江崎 玲於奈(えさき・れおな) 米IBMワトソン研究所主任研究員(受賞時) 業績:半導体におけるトンネル現象の実験的発見 1968 文学賞 川端 康成 (かわばた・やすなり) 作家 業績:代表作『伊豆の踊子』(1927)や『雪国』(1935-1937)を通じ、微細な感受性をもって日本人の心の神髄を表現した 1965 物理学賞 朝永 振一郎 (ともなが・しんいちろう) 東京教育大学教授(受賞時) 業績:水素原子のスペクトルの観測データと予測値のずれの解決に超多時間理論が有効であると考え、これを発展させた「繰り込み理論」を完成 1949 物理学賞 湯川 秀樹 (ゆかわ・ひでき) 京都大学理学部教授(受賞時) 業績:原子核の陽子と中性子を結びつける粒子、中間子の実在を理論的に予言した カバー写真:左から天野教授、赤崎教授、中村教授(時事).

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