いじめ認定 加害者。 大津いじめ自殺、二審も因果関係認める 賠償額は大幅減:朝日新聞デジタル

大津いじめ自殺、二審も因果関係認める 賠償額は大幅減:朝日新聞デジタル

いじめ認定 加害者

仏壇の周りには千羽鶴や娘の思い出の品が飾られていた いっこうに減らない学校でのいじめ。 文部科学省によると、昨年いじめで自殺に追い込まれた小中高校生は322人にのぼるという。 解決への糸口はあるのか。 …………………………… 〈皆さんへ 今、誰かが私の手紙を見ている時、きっと、私は死んでいるでしょう。 14歳の誕生日を迎えた岐阜県瑞浪市立瑞浪中学2年生・吉村有里さん(仮名)は、自室で首を吊って自殺した。 残された遺書には衝撃的な事実が書き込まれていた。 遺書を続ける。 〈今まで、仲良くしてくれた友達。 ありがとう—。 部活のみなさん、特に〇〇さん、〇〇さん、〇〇さん、〇〇さん、本当に迷惑ばかりかけてしまったね。 これでお荷物が減るからね。 もう、何もかも、がんばる事に疲れました。 それではさようなら〉(文中〇は実名) わずか200字あまりの文字の中に、同級生の女生徒4名の名前が書き残されていた。 14歳の少女が死を決意するまでに苦しめられた原因は何だったのか。 誰に何を伝えようとして4人の実名を書きつづったのか。 部屋のゴミ箱から見つかった有里さんの遺書。 黒く塗りつぶした部分には同級生の名前が書いてある その日、有里さんはバスケット部の部活のため朝7時10分頃に歩いて10分ほどの場所にある学校に行った。 当日は先生たちの研究授業日で、生徒は半日授業で帰宅している。 有理さんが帰宅したのは12時頃だ。 自宅で会社を経営する父親の雄二さん(仮名・当時45)が昼食で母屋に戻り、母親の紀子さん(仮名・当時43)も仕事先から帰り2階の有里さんを呼ぶが返事がない。 部屋を覗きに行くと、高さ180㎝のクローゼットのドアに電気コードをかけ首を吊っている娘を発見したのだった。 有里さんの学校の成績は5がずらっと並ぶトップクラスで絵もうまくデザイナーを目指していた。 成績表の所見には「仲間に対して思いやりを持って接することができる素晴らしい性格の持ち主です」と担任の教諭が記していた。 「うちの子はやっていない」 自殺の報を聞いて吉村さん宅に飛んできた校長は、遺書を見るとこういった。 「これって何ですかね。 (有里さんは)どうされたんですかねー」 娘の死を悼む言葉もない校長の言葉に、雄二さんはあきれ果てた。 真実を知りたいという両親と、事実から目を背ける学校との溝はこの日を境に大きく広がった。 事件の翌日、学校側は、 「これまでまったく報告がなく、いじめが原因ではない」 と、いじめを否定した。 そして、自殺から5日目に吉村さん宅を訪ねた校長と学年主任は、 「(バスケット部の)部員の保護者が、『自分の子供が言葉や態度などで有里さんをいじめていた』」 といじめの事実を認めた。 ところが、翌日の会見で校長はいじめを否定、前日と食い違う理由をこう説明した。 「事件後に2度、生徒に今考えていることを書いてもらったが、いじめがあったという話や、彼女のことをねたむような内容は一切なかった。 遺族は3回目に無記名の再調査を依頼した。 そこでやっと事実が出てきた。 10月30日に行われた調査の結果、「私はいじめられている場を見た」という情報は41件にも上ったのだ。 いじめと自殺の因果関係を学校が認めたのは10月31日、自殺から9日目の事だった。 実は、事件の数ヵ月前から有里さんは家族、学校にいじめ被害のSOSを出していた。 「自分の爪の皮を血が出るほど剥いたり、学校から帰って来るといつもイライラしていた。 クラブを終えて帰る娘を迎えに行った母親の車に泣きながら飛び込んでくることもあった。 『(4人と一緒にいると)どきどきして変になりそうになる』、と家で泣くようになり、様子が一変してきたんです」(雄二さん) そのため自殺の1週間前には母親が学校に行き、担任と部活の顧問にいじめ被害の相談をしている。 だが、そこで学年主任が出した指示は、「しばらく見守ろう」でしかなかった。 遺書の中で名指しされた4人の女生徒とその保護者は、その後遺族とどう向き会い謝罪しているのか。 「娘が遺書で名指しした4人の名前の順番も意味があるようです。 『いじめで大きな傷を受け、有里が嫌っていた順番です』と娘の友達が証言してくれました」(雄二さん) 4人の少女は吉村さんの自宅からさほど遠くない距離に住み、そのまま瑞浪中学に通っている。 文科省が「いじめ自殺」を認定したのだ。 私が、遺書で最初に名指しされたAの父親にこの件を尋ねると、 「文科省がいじめを認めたのは間違いだ!」 と強い口調で反発した。 3番目に名前の挙がったCの母親は、 「いじめはありません。 うちの子はやっていないと言っている。 遺書を見て、あれでどうやっていじめがあったといえるんです。 この件はもう終わっているんです」 と、玄関の引き戸越しに大声で答えた。 名指しされた女生徒と保護者への対応を市教育委員会に尋ねた。 「(自殺の原因が)いじめだったということは本人や保護者には指導しています。 途中で仲介者(弁護士)が入ってきたため指導が中途半端になりましたが、(有里さんの)心に傷を付けたことを4人の保護者は納得しているはずです」(平林道博・学校教育課長) 市教委と4人の保護者との認識はまったく異なる。 雄二さんが憮然と言う。 「月命日に来る校長らに尋ねるのですが、『名指しされた生徒に定期的に面談し聞き取りをしても拒否され、口をつぐまれて聞き出せないんです』という。 先生の立場はこんなにも弱いんですか」 こうした市教育委と学校の対応に、遺族が納得できるはずはない。 自宅の廊下には有里さんの思い出の写真が多数貼ってあった 有里さんの自室と勉強机。 亡くなってからも、そのままの状態にしてあった• 取材・文・撮影:須賀 康 '50年、生まれ。 国学院大学卒。 週刊誌を主体に活躍。 政治や経済など「人と組織」をテーマに取材。 学校のいじめ自殺や医療事故などにも造詣が深い.

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いじめ加害者との「話し合い」は、9割の被害児童が不登校になる

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【事件内容】 群馬県桐生市の小学6年生女児が、同級生たちからの一年以上にもわたる執拗ないじめを苦にして自殺した事件です。 消しゴムのかすを食べさせられたり、プールに突き落とされたり、上履きに「うざい、死ね」と書かれてゴミ箱に捨てられるなどされました。 女児は校長先生にいじめを訴えていましたが「気のせいだ」と取り合ってもらえませんでした。 また給食時間に一人ぼっちで食べていても、担任は見て見ぬふりをしていたということです。 女児は、母親へのプレゼントにするはずだった手編みのマフラーをカーテンレールにかけて首吊り自殺をしました。 自殺後に学校側の、いじめに関するアンケートを消しゴムで消す等の隠蔽行為が問題視されました。 ・わがままで自分中心的な考え方 人の心理を理解できなく、いじめることでしか人とコミュニケーションをとれない子供がいます。 相手の気持ちが分からない分、いじめていたことに気付かず、後悔や謝罪をすることもありません。 ・自己嫌悪感が強い うまくいかないといらいらしてやつあたりをしてしまい、トラブルを起こしてしまいます。 自分に自信がない分、人を羨む気持ちや妬む気持ちが強くなります。 ・ストレスをいじめで発散 家庭環境や学校でストレスやトラブルを抱え、それを相談できずにいる場合が多いです。 また、自分が誰かにやられたことを別の人にやり返すという八つ当たりの心理が働いてしまいます。 怒りをおさえることが難しいようです。 ・家庭環境にトラブルあり 子供というのは、親を見て育ちます。 親が大声で怒鳴る・不機嫌・八つ当たりしてくるなど、理不尽な扱いを受けても、子供はその言動が正しいと信じてしまいます。 子供に原因を突き詰める前に、家庭環境を振り返ることが大切です。 わが子がいじめの加害者だった場合。 夫婦間で話し合って、今後の対処法について相談します。 その後に子供を交え、親御さんの考えや思いをしっかり話して伝えます。 いじめは、 相手の人生や命をも奪ってしまうということ 責任を負って一生後悔して生きていかなければならないこと 今はネット上で顔写真から個人情報まですべてさらされ、その後の人生に悪影響を与えること まさに因果応報ですね。 そういった現実をきちんと話して理解させることが大事です。 いじめはどんな理由があろうとも絶対にいけないことを理解してもらうためです。 子供が後悔して反省したら、被害者に親子で謝罪しに行きます。 親の対応としては、冷静さを失って何も事実を確認せずに感情的になって叱りつけることはしてはいけません。 一方的な説教をするのではなく、子供の気持ちもしっかり聞くことが大事です。 娘が中学校の頃、部活で全員から仲間外れにされ、嫌がらせを受けていたようです。 顧問は滅多に来ない、好き勝手に絵を描いたり喋ってるだけの美術部だったので娘は居づらくて幽霊部員になってしまいました。 ある日、部活で使っていたスケッチブックが滅茶苦茶に破られ捨てられていました。 その後、娘が顧問に相談すると「そんなの知らないわよ、自分でちゃんと管理しないのが悪いんでしょう」と言われたようです。 悲しかったけど誰にも言えず、卒業まで我慢したそうです。 自分だけじゃなく、親にまで悲しい思いをさせたくなかったから、今の今まで言えなかった、と言っていました。 娘が辛い思いをしていたのに気づけなかった自分に後悔しています。 長男はお人よしで気が弱い子だったせいか、お友達にからかわれたりちょっかいを出されるようになりました。 無視されたり、時には机の上に唾を吐かれたりもしたようでした。 私が目撃した時は注意するのですが、その時だけ「はーい」と良い返事をするのです。 当初、嫌がらせをされるのは長男にも原因があるのかもしれないと思い、「何かお友達が嫌がる事をしたんじゃないの?」と聞いてみましたが「してない」の一点張りでした。 しかし、長男が酷い事を言われても言い返せずにずっと我慢していたせいか、嫌がらせが続き、子供の事にはあまり口出ししたくなかった私ですが行動に出ました。 嫌がらせをする子のママとはほんの少し交流がありましたので、余計に言いたくなかったのですが、それとなく話してみました。 一方的にその子を責めるのではなく、「こんな事があったみたいなんだけど、うちの子がもしかして悪い事したのかな?もしそうなら謝罪しないといけないし」とわざと下手に出ました。 するとそのお母さんがその子に確認してくれ、その子は認めてくれたのです。 そして翌日「ごめんね」と謝罪してくれました。 こちらとしてもまったく想像してなかった事でびっくりしました。 仲が良かったはずなのに何で?という感じでした。 結果として、うちの子ともう一人で叩いたり蹴ったりしてた様で…。 親の対応としてしたことは、まず何でそんな事したのか?経緯を息子に聞きました。 よくよく話を聞けば、その子が約束を破った事に対する報復攻撃だったという事でした。 ですからいじめという感覚とは違います。 もちろん理由はどうあれ叩いたり蹴ったりする事はダメだとお詫びに伺い、二度とするなと約束もさせました。 相手の子も約束を破った事については謝罪してくれました。 もう、3年経ちますがそれ以降は仲良くしてますよ。 私自身いじめや卑怯な行為は許せないたちなので、その時はかなり息子には厳しく言いました。 ただ、理由が理由だけにこの件に関しては子供の気持ちとしては解らなくも無い、とは子供に伝えました。

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いじめ加害者との「話し合い」は、9割の被害児童が不登校になる

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なぜ、子どものたちのいじめは減らないのか。 ジャーナリストの須賀康氏が、過去の事件から問題の深層を追う。 ******************** 〈毒ガス発生。 そのトイレの中で硫化水素ガスを発生させ、川崎市の公立中学2年の篠原真矢君(当時14)は自らの命を絶った。 トイレの便座の上には、A4版の紙1枚に鉛筆で綴られた遺書が置かれていた。 いじめに遭っている友人を救えなかった苦悩と、その友人を庇ううちに、自分もいじめられた辛さを死という最後の手段をもって訴えたのだ。 〈俺は「困っている人を助ける、人の役に立ち優しくする」それだけを目標に生きてきました。 でも(中略)E(友だちの名前)のことを護れなかった……〉(原文ママ、以下同) さらに、いじめた加害者4人の実名を上げてこう続けている。 〈俺はEをいじめたA、B、C、Dを決して許すつもりはありません。 奴等は例え死人となっても必ず復讐します〉 加害者を強い言葉で断じるその一方で、家族に対してこう書き置いている。 〈家族のみんなにはお願いがあります。 自分たちをどうか責めないで下さい。 俺が死ぬのは家族のせいじゃありません。 俺とEをいじめた連中が悪いんです〉 真矢君の家は、県外に単身赴任している父親の宏明さん(同48)と母親の真紀さん(同46)、3つ違いの兄と祖母の5人家族。 事件のあった6月7日は、関西への修学旅行の翌日で学校は代休日だった。 真紀さんが、自殺している真矢君を発見したのは午後5時少し前。 真紀さんが、その時の様子を声を震わせ振り返る。 「トイレのドアに鍵がかかり、目張りもしてありました。 直矢の姿はなく、一瞬不安が過ぎりドライバーを持ってきてドアをこじ開けたんです」 便座の左側には頭を奥に、体を横に向けて倒れている真矢君の姿があった。 すぐに救急車を呼び病院へ搬送するが、ほぼ即死状態。 除草剤と除菌剤を混ぜて発生する、猛毒の硫化水素ガスを吸い込んだ自殺だった。 宏明さんは、真紀さんの電話で急ぎ赴任先から戻った。 「普段の真矢に変わった様子はなく、なぜこんなことになったのか、いくら考えても(自殺の)原因などまったく思い当たりませんでした」(宏明さん) その日の午後11時頃、警察から便座の上にあったという遺書を渡された。 そこには加害者の実名が入っており、真矢君の自殺は自分と友達へのいじめが原因だったことがわかった。 「ノーコメントです。 ノーコメント」 真矢君の遺書。 加害者への強い復讐心と家族への気遣いが感じ取れる。 最後は〈本当に今までありがとう。 だから俺の分まで精一杯生きて下さい〉との言葉で締めくくられていた 駆けつけた校長に、両親は遺書にあった4名に何があったのか聞きたい、会わせて欲しいと頼んだ。 2日後、両親は校長に伴われて来た加害少年とその家族と、真矢君の遺体の置かれた自宅の居間で対面する。 宏明さんが語気を強めて言う。 「何があったのか教えて欲しい、と尋ねても彼らは『さっぱりわからない』というだけでした。 謝罪の言葉は彼らの親からも一切なく、『突然のことで子どもたちは動揺している。 (話を聞くのは)勘弁して欲しい』と横から口を出し子どもたちが話すのを遮りました」 真矢君は小さい時から野球が好きで少年野球チームに入り、中学2年では生徒会の役員として活躍するなどクラスの人気者だった。 将来は警察官になることが夢だと語り、正義感が強く自分がやることを真っ直ぐ貫くタイプだったと同級生は証言する。 遺書にあったE君とは小学校から同級で、同じ野球チームに属し、家族ぐるみで付き合う間柄だった。 そんな真矢君が友人をかばっているうちに、いじめの矛先が徐々に自分に向かっていった。 E君は告別式の納棺の際、直矢君にこうメッセージを残している。 「中学校に行って俺が困っているのに、助けてくれたのは真矢だけだった。 言葉では表せない感謝の気持ちでいっぱいです。 逆に真矢が困っている時に、俺は助けることが出来なくて本当にごめんなさい」 「いじられキャラ」として、真矢君は遺書に名前の書かれた4人からいじめられていたのだ。 事件後に両親が、同級生から聞いた真矢君へのいじめの内容を話す。 「4対1で一方的にやられるプロレスごっこや、4人に羽交い絞めにされて下着まで脱がされることもあった。 殴られたり蹴られたりの暴力は、日常的だったようです」 遺書の中でいじめを受けたE君に対してはこう書き残していた。 〈Bとかクラブチームの奴にやられたら、親や友達に相談しな。 お前は優しいから、誰にも迷惑かけたくないと思っているのかもしれないけど、それは違うぞ。 人は支えあって生きていくもんだからな〉 子どもたちが助けを求める声は小さい。 だから周囲の大人たちが、子どもたちの声に耳を澄ませなければならないのだ。 しかし、真矢君たちの声を受け止めるはずの学校の対応はあまりにひどいものだった。 「遊びだと思った」「把握していない」として、いじめ行為を認識しようとはしなかったのだ。 いじめの事実が認定されたのは、真矢君の自殺後に学内に調査委員会が設けられた約3ヵ月後だった。 当時13歳だった少年は児童相談所に通告された。 しかし、中学を卒業した加害者たちは、順調に高校に進学。 当時の校長は、11年3月に定年退職後、横浜市内にある公益法人に天下りした。 普段は事務所にはおらず、川崎市内の自宅にいるという校長を訪ねた。 「その件はもう時間も経っていますから」とインターホンを切ろうとする校長に、事実を知りたいとする遺族の思いをなぜ聞かなかったのか重ねて尋ねた。 「ノーコメントです。 ノーコメント」 と逃げるように繰り返した。 高校に進学した加害者とその家族は、その後事件とどう向き合っているのか、それぞれの自宅も訪ねた。 同級生のAの母親とは自宅前で会った。 呼びかけると、驚いて足を止め怒ったようにこう口を開いた。 「何ですか突然。 何でそんな事を聞くんですか。 そんな事ノーコメントです。 何度来ていただいても、お話しすることは一切ありません」 野球チームで副キャプテンだったBの自宅を訪ねると、インターホンに母親らしい女性が出た。 「篠原君の件で」と言うと、声を詰まらせながら「私は留守番で分かりません。 家族は皆病院へ行きいつ帰るか分かりません」と苦しそうな声が聞こえてきた。 その後CとDの自宅も訪ねるが電話にも一切応答がなかった。 との憎しみを露わに死んでいった真矢君。 遺族は学校と市がいじめを認め、司法が加害者たちに刑事罰を下したことで加害者たちへの怒りの言葉を飲み込み、納得しようと務めている。 だが、遺族の悲しみと怒りは決して消えることはない。 いじめをなくすには、教育現場が早くいじめに気付き、その悲惨さを伝えていくことしかない。 亡くなる約2ヵ月前の真矢君。 学校の校庭で撮られた写真だ 自殺現場となったトイレ。 便座の右側には二つのバケツと除菌剤が置かれていた 野球が好きだった真矢君の遺品。 遺言には左下のバッティンググローブを〈形見にして下さい〉と書かれていた• 取材・文・撮影:須賀 康 '50年、生まれ。 国学院大学卒。 週刊誌を主体に活躍。 政治や経済など「人と組織」をテーマに取材。 学校のいじめ自殺や医療事故などにも造詣が深い.

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