浜崎あゆみと松浦勝人。 エイベックス松浦勝人氏「生きた心地しなかった」

エイベックス松浦勝人氏「生きた心地しなかった」

浜崎あゆみと松浦勝人

2人の出会いは 六本木にあるアジア最大級のディスコクラブ「ヴェルファーレ」のVIP席。 当時まだ18歳ではなかったあゆですが、年齢をごまかして入場したそうです。 小学生でスカウトされ、すでに芸能事務所・サンミュージックに所属していて女優活動をしていましたが、ここで音楽プロデューサーと運命的に出会ったわけですね。 現在放送中のドラマ「M愛すべき人がいて」であゆ役・安斉かれんさんにも年齢偽装のシーンがありました。 エイベックスに誘われ、自身がなかったあゆは断っていましたが、 「大丈夫だ、俺を信じろ!おれがお前を歌手にする!」という言葉で歌手になる決心がついたよう。 ドラマチックな言葉ですが、実話なんですね 笑。 しかし、実はネットでは浜崎あゆみさんは元キャバ嬢で、松浦勝人さんは客として来店し、あゆに一目ぼれしたとも囁かれているんです。 その後アフターで行ったカラオケで歌手デビューが決定…. なんで噂がありますが、 それだとあゆは高校生でキャバクラで働いていたことになり、にわかには信じられませんね。 真相は判明していません。 【時系列】1996年:松浦勝人が前妻・原口香と離婚 そしてあゆは松浦さんへFAXで告白します。 ヴェルファーレで出会った時からずっと好きです。 あなたが好きだから、私は歌手になったのだと思います。 あなたから愛されることはないでしょう。 だから、今日限りあなたを諦めます。 FAXといい、この告白の言葉と言い、MVみたいですね。 そしてなんとFAXの告白の次の日、松浦さんがお母さんを暮らしていたあゆの家を訪れ、 「あゆみさんと付き合っています。 真剣です!」 モデルプレス とまだ付き合ってもいないのに、結婚の挨拶のように交際宣言。 その後、あゆを連れて松浦さんの地元横浜へ行き、もう一度ちゃんと告白したんだとか。 俺はお前にとって本当に必要な人間かどうかは分からない。 でも俺にとってお前は必要だ。 だから決断した。 当時浜崎あゆみさんが20歳、松浦勝人さんは31歳と11歳も年齢が離れていました。 しかし、2人とも本気で恋愛をしていたのが伝わってきますね。 【時系列】1998年~:キス写真を撮影 ミリオン歌手となり、めちゃくちゃ忙しい日々を送っていた浜崎あゆみさんは1999年末、松浦さんの自宅を訪れます。 そこで見たのは 女性に囲まれてパーティーで酔いつぶれている松浦さんの姿。 あゆは相当ショックを受けたそう。 そりゃそうですよね。 自分の彼氏が自分の忙しい時に女の子と仲良くしていたら悲しくなります…。 「2人の子供を産んで育てたい」とまで言っていた浜崎さんに、松浦さんは次のように言っています。 歌うんだ、あゆ。 そしてアーティストとして立派に振舞え。 ファンのためにも、会社のためにも。 今は俺だけのあゆにしておけない。。 プロモーションから離れて、ハワイに住んで無効のスタジオで楽曲を作る 浮気現場を見られて調子が良い言葉を並べているようにも聞こえますが 笑 、そこで2人は別れを決意したそう。 破局直後の1999年12月24日の「ミュージックステーション」で「appears」を号泣しながら歌うあゆは伝説になっています。 【時系列】2000年12月:松浦勝人との関係を綴った曲「M」発売 破局して約1年後の2000年12月13日に発売された19枚目のシングル「M」。 歌番組で白い衣装を着て歌うあゆはすごくきれいでしたよね。 「M」は発売後2週連続でオリコン1位、累計131万枚を売り上げた大ヒット曲。 実はこの 「M」が松浦さんのことだったことが明かされています。 松浦勝人さんの電話番号を、国民的歌手だったあゆはMASATOの「M」で登録してたんだそうで、 破局後その「M」から電話がかかってくることはなかったと言います。 しかし、この名曲「M」が松浦さんとの恋愛を歌ったものだと知ってしまうと、聞く時に余計な感情が出てきてしまうので、知らないままが良かったかも…。 更に2000年4月以降に発売された曲、 2019年8月1日に浜崎あゆみさんの暴露本(自叙伝)「 M愛すべき人がいて」が出版されます。 あゆとエイベックスの代表取締役会長・CEOである松浦勝人さん(54才)との壮絶な恋模様がつぶさに描かれていて、彼女の名曲誕生の裏側も明かされています」 この自叙伝で浜崎あゆみさんと松浦さんの恋愛が暴露されるという衝撃作。 ネットでは「全盛期が終わったあゆの暴露が痛々しい」と、辛辣な意見が目立っていました。 この本が出版された当時、松浦さんの離婚はまだ公表されておらず、「松浦さんの奥さんと子供は 大丈夫なの?」という声もありましたが、実際はすでに離婚成立済み。 あゆは松浦さんが離婚したことを知っていたのかも。 【時系列】2020年1月2日:浜崎あゆみ出産報告&松浦勝人の離婚公表.

次の

エイベックス松浦勝人会長が妻・畑田亜希と離婚。浜崎あゆみ極秘出産と同時発覚に様々な憶測も…

浜崎あゆみと松浦勝人

沢尻エリカさんの事件の余波から次々と新たな事実が明らかになっているなか、今注目されているのが沢尻エリカさんの所属事務所=エイベックスの社長である松浦勝人さんです。 なんと松浦勝人氏は沢尻エリカさんが事務所と契約のときには疑惑の件を知っていて、事務所に入らせるためにその事実で沢尻さんの弱味を握り、沢尻エリカさんの代表作といえるあの「ヘルタースケルター」に出演させたという記事が出回っているのです。 これは、沢尻さんの元夫・高城剛氏が過去に文春の取材を受けた際に語った時の記事が、今回の件で改めて世間の目に触れたことからわかったことです。 ということで今回は 「エイベックス松浦勝人の歴代愛人X子Y子Z子は誰?元妻 嫁 は浜崎あゆみ似の美人!愛人秘書の存在は?」と題しまして、エイベックス松浦勝人の歴代愛人X子Y子Z子は誰?元妻 嫁 は浜崎あゆみ似の美人!愛人秘書の存在について迫っていきたいと思います! それではいってみましょう! 名前:松浦勝人(まつうら まさと) 生年月日:1964年10月1日(2019現在55歳) 出身地:横浜市港南区 身長:159㎝ 学歴:日本大学経済学部卒業 エイベックス松浦勝人の歴代愛人がヤバイ! さっそくですが松浦勝人氏の愛人について調べてみたところ、ヤバイ名前が出てまいりましたよ! 松浦勝人氏が沢尻エリカさんをエイベックスに誘った際にこういったやりとりがあったそうです。 愛人関係を迫られて「ドン引きした」沢尻が断ると、社長は「B子(実際には有名女性歌手の実名)が芸能界で生き残れているのは、俺のオンナになったから。 お前も生き残りたかったら、俺のオンナになれ」と言ったという。 「『B子』とは、今もエイベックスに所属する 鈴木亜美(30)のことでしょう。 00年末に前所属事務所・エージーコミュニケーションの社長が脱税で逮捕されたことが発端で、両親と事務所がトラブルに発展、事実上の引退状態に追い込まれていた彼女を、 05年にエイベックスが拾ったのです。 松浦氏はとにかく彼女を溺愛していて、同時に鈴木の兄も自社の社員として引き取っています。 ところが、09年に二人が六本木ミッドタウンのマンションから手をつないで出てくるところを目撃され、関係が公になってしまったことから破局。 「B子(実際には有名女性歌手の実名)が芸能界で生き残れているのは、俺のオンナになったから。 お前も生き残りたかったら、俺のオンナになれ」 そして 元愛人があの 鈴木亜美さんだというから驚きです! 事実上の引退状態に追い込まれていた彼女を、05年にエイベックスが拾ったのです。 松浦氏はとにかく彼女を溺愛していて、同時に鈴木の兄も自社の社員として引き取っています。 とあるように、松浦氏は鈴木亜美さんにベタ惚れだったようですね。 この二人の関係があったのは2005年頃~だったようです。 最近暴露本で明らかになった 浜崎あゆみさんと松浦氏の関係は1999年頃までとされていますから、ちょうど 浜崎さんと別れたあとに鈴木亜美さんと愛人関係になったということですね。 ところで松浦勝人氏は2度結婚しています。 元奥様や再婚後の奥様についてはのちほど詳しく触れていきます。 でもおかしいですね。 X子さんとも2005年~10年間も交際していたんですよね・・・ ということは、 X子さんとY子さんとは同時期に交際していたことになってしまいます。 よろしくないですね・・・。 ガールズグループリーダーZ子 今から数年前には、エイベックスからデビューしたあるガールズグループのリーダーZ子が松浦さんの彼女だった。 付き合っていた期間は数カ月だったようですが、松浦さんと交際した後に突如リーダーに抜擢されたんです。 結局そのグループは1年足らずで解散してしまいましたが……」 こちらのポイントは以下のとおり• ガールズグループのリーダー• 松浦氏と付き合ってすぐにリーダーに抜擢• 交際期間は数か月• グループは1年足らずで解散 このZ子さんについては、調べても見当がつけられませんでした。 1年足らずで解散したグループなので、それほど知名度もないのかもしれません。 エイベックス松浦勝人の黒い過去とは 松浦勝人氏を調べていると「黒い過去」というキーワードが出てきます。 調べたところ、特にこれ!といった黒い過去は見当たらなかったのですが、やはり女性関係が派手だったことからこういったキーワードが上がっているのではないでしょうか。 また、エイベックス全盛期にはかなり豪遊していたようで、そういった席にも常に女性を連れていたとか。 浜崎あゆみさんも一緒にパーティーに行っていたのかもしれませんね。 69m がシェアした投稿 — 2019年10月月1日午前3時37分PDT 松浦勝人氏の現在の嫁と元嫁は? 松浦氏の 現在の奥様は 畑田亜希さんという元モデルの方です。 2003年11月に結婚されました。 会長の奥さんって綺麗な方じゃん! 畑田亜希っていう人かあ! 知らなかったわあ笑 — たかぶー 4BoKLm3oq5jhunl ジジイの奥さんというのは私が昔大好きだったモデルさんなんだけど(畑田亜希さん)なんでこんな美人があんなオッさんと…って疑問でしかないよね。 でも、子ども連れてシンガポールに住んでるみたいで、賢明だと思った。 — なな nanati0306 めちゃめちゃきれいな方ですね! 現在お子さんは息子さん1人、娘さん2人いらっしゃるようです。 そして、松浦氏の元奥さんは 原口香さんという方です。 この方もモデルをしていたそうなんですが、画像等は見当たりませんでした。 原口さんと結婚したのは1995年。 離婚したのは1996年だったそうです。 離婚理由はわかっていませんが、松浦氏は女性関係が激しそうなのでそのあたりの可能性もありますね。 松浦勝人の愛人秘書の存在は? 2020年4月クールで放送中のドラマ「M愛すべき人」で、松浦勝人氏がモデルとなっているマサの愛人秘書=姫野礼香(役・田中みな実)が異様な存在感を放っていますね! あの執着に満ちたヤバい秘書は存在したのでしょうか? これについてはこちらの記事にまとめましたのであわせてどうぞ!.

次の

エイベックス松浦勝人氏「生きた心地しなかった」

浜崎あゆみと松浦勝人

浜崎あゆみ『自分の身を滅ぼすほど、愛しました』は嘘だった? 浜崎あゆみさんの自伝的小説が、原作のドラマ「M 愛すべき人がいて」が現在、TV・AMEBAでも放送されています。 その中で、『自分の身を滅ぼすほど、愛しました』とキャッチフレーズが入っているのですが、10年以上、浜崎あゆみさんとお付き合いのある知人には、以外だったそうです! なぜ、以外だったのか? 「あゆが『自分の身を滅ぼすほど、愛しました』というほど松浦さんに恋い焦がれていたとは、相当意外でしたね。 だって、あゆは松浦さんのことを……」 10年以上付き合いのある知人は、そう語る。 その理由は、松浦勝人をコードネームで呼んでいたそうです。 浜崎あゆみは陰では松浦勝人を「ねずみ男」と呼称していた! ゲゲゲの鬼太郎の「ねずみ男」に似ているから、「ねずみ男」と呼んでいたそうです。 浜崎は松浦氏を「マサ」と呼んでいたが、陰ではコードネームをつけていた。 「あゆは、顔が 『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男に似てるからと言っていました」(前出・知人) 浜崎あゆみさんが、松浦勝人氏を「ねずみ男」と呼んだとしても、それだけでは『自分の身を滅ぼすほど、愛しました』の否定にはならないので、他にも理由がありそうです。 ゲゲゲの鬼太郎の「ねずみ男」 妖怪関連の事件、またはお困り事ならこの私、ビビビのねずみ男にお任せください。 反応をくださればお迎えに参り、お悩みを聞きますよ。 浜崎あゆみさん曰く、「ねずみ男」へのラブレターだった。 そう思い巡らしながら、曲を聞いてみると、その時の浜崎あゆみさんの感情が良く反映された歌詞なのかもしれないですね。 六本木のディスコでの出会いから、松浦氏が浜崎の母親に「付き合っています。 真剣です」と宣言し、翌年暮れに別れるまでを初めて赤裸々に明かした。 浜崎が作詞した曲の数々は、松浦氏へのラブレターだった。 浜崎あゆみと松浦勝人は深い仲は公然の秘密だった! デビュー当時の浜崎を知る音楽関係者は「あゆと松浦さんの深い仲は公然の秘密だった」と話す。 浜崎あゆみM愛は嘘?二股遍歴も 浜崎あゆみさんは、デビュー前から名古屋出身のダンサーと付き合っていたということは、松浦勝人氏と被ってる可能性があります。 元彼、名古屋出身のダンサーと松浦勝人氏、全くタイプが違うように見えます。 ダンススクールを経営する名古屋出身のダンサーと松浦勝人氏の二股愛だった? 名古屋出身のダンサーとは? 「彼女はデビュー前、ダンススクールを経営する名古屋出身のダンサーと付き合っていた。 彼は松浦さんとも親しく、『あゆとの関係が松浦さんにバレたら殺されるよ』と常々言っていた。 そのうち、あゆは松浦さんと正式に付き合うようになり、松浦さんはTK(小室哲哉のこと)が持っていた東京・浜松町のラウンジにあゆを連れて『俺の女だ』と自慢して回るようになった。 あゆは満更でもなさそうに、松浦さんの腕に絡みついていた」 元カレ内山麿我 2019. 「昨年デビュー20周年を迎えた浜崎は、今は2年越しのツアーの真っ最中。 主演はエイベックス所属のアーティスト・安斉かれん(20)、主題歌は浜崎自身が唄う案が出ています。 テレ朝は、夜のドラマ枠の強化が懸案事項だったため、ベストなタイミングだった」(テレビ朝日社員).

次の