自閉症 小学生 子育て。 自閉症の息子の独り言を止めた秘策は止めずに止めることだった!

自閉症の子の子育てに音楽を役立てるための3つの重要なこと

自閉症 小学生 子育て

「ささやかな想像力を失いつつある社会は怖い」と警鐘を鳴らす神戸さん=下仁田町文化ホールで 自閉症の長男(18)を育てる元毎日新聞記者でRKB毎日放送(福岡市)東京報道部長の神戸金史(かんべかねぶみ)さん(50)が、出身地である群馬県下仁田町の町文化ホールで講演した。 自閉症を含む発達障害への理解を呼び掛けるとともに、障害者に冷たい意見が広がりつつある現状に警鐘を鳴らした。 (原田晋也) 「育て方が悪い」という一方的な視線 神戸さんは自身の体験を基に、発達障害への理解を呼び掛けるための取材を続けてきた。 長男の金佑(かねすけ)さんは、小さいころから抱っこしても目が合わず泣き叫んで暴れた。 幼児用ブロックを投げてガラスに当たる音を面白がり、1時間以上も続けることがあった。 意思の疎通が難しく、周囲からは虐待を疑われたこともある。 3歳の時、自閉症の傾向があると診断された。 現在は福岡市の特別支援学校で学んでいる。 妻からは後になって「長男が2歳のころ、このままでは殺してしまうかもしれないと思った」と打ち明けられた。 「自閉症の子を持つ親は育て方が悪いという一方的な非難と視線を浴びている」と神戸さん。 自閉症の子を育てる家庭を追ったドキュメンタリー番組をつくった時には、放送後、2週間前に娘が子育てに悩み自閉症の孫と心中してしまったという女性から「この放送を見ていたら、娘と孫は死ななかったかもしれない」という手紙が届いたという。 「騒いでいる子どもを見たら、自閉症かもしれないと考えてくれたらうれしい。 そして、あたふたしている親にちょっと一言かけてあげるだけで、その人はその夜飛び降り自殺しなくても済むかもしれない」と訴えた。 facebookに書き込んだ詩が大反響 神戸さんは「格差社会が進み障害者への見方が厳しくなっている」と感じているという。 昨年7月、相模原市の障害者施設で入所者19人が殺害された事件では、被告は逮捕直後に「障害者は生きている資格がないと思った」と供述したと報じられた。 神戸さんは事件の3日後、自身のフェイスブックに、思いを託した詩を書き込んだ。 「長男が、もし障害を持っていなければ」という想像から始まり、長男がいることで悩み考えたからこそ今の家族があることに気付き、「息子よ。 /そのままで、いい。 /それで、うちの子。 /それが、うちの子。 /あなたが生まれてきてくれてよかった。 /私はそう思っている。 」と締めくくった。 この詩はインターネットメディアやテレビなどで取り上げられ、大きな反響を呼んだ。 2016年10月にはこの詩や長男への思いなどをまとめた(ブックマン社)を出版した。 神戸さんは「みんな高齢者になって最後は動けなくなる。 障害者に冷たい社会にしていくことは、将来高齢者になった自分が住みにくい社会にしていくこと。 そんなささやかな想像力を失いつつある日本の社会はかなり怖い」と訴え、最後に「困っている人がいたらちょっと声を掛けてあげる。 そんな雰囲気の社会にしていきたいと思っている」と静かに語った。 【神戸金史さんのfacebook投稿 全文】 私は、思うのです。 長男が、もし障害をもっていなければ。 あなたはもっと、普通の生活を送れていたかもしれないと。 私は、考えてしまうのです。 長男が、もし障害をもっていなければ。 私たちはもっと楽に暮らしていけたかもしれないと。 何度も夢を見ました。 「お父さん、朝だよ、起きてよ」 長男が私を揺り起こしに来るのです。 「ほら、障害なんてなかったろ。 心配しすぎなんだよ」 夢の中で、私は妻に話しかけます。 そして目が覚めると、 いつもの通りの朝なのです。 言葉のしゃべれない長男が、騒いでいます。 何と言っているのか、私には分かりません。 またこんな夢を見てしまった。 ごめんね。 幼い次男は、「お兄ちゃんはしゃべれないんだよ」と言います。 いずれ「お前の兄ちゃんは馬鹿だ」と言われ、泣くんだろう。 想像すると、 私は朝食が喉を通らなくなります。 そんな朝を何度も過ごして、 突然気が付いたのです。 弟よ、お前は人にいじめられるかもしれないが、 人をいじめる人にはならないだろう。 生まれた時から、障害のある兄ちゃんがいた。 お前の人格は、 この兄ちゃんがいた環境で形作られたのだ。 お前は優しい、いい男に育つだろう。 それから、私ははたと気付いたのです。 あなたが生まれたことで、 私たち夫婦は悩み考え、 それまでとは違う人生を生きてきた。 親である私たちでさえ、 あなたが生まれなかったら、 今の私たちではないのだね。 ああ、息子よ。 誰もが、健常で生きることはできない。 誰かが、障害を持って生きていかなければならない。 なぜ、今まで気づかなかったのだろう。 私の周りにだって、 生まれる前に息絶えた子が、いたはずだ。 生まれた時から重い障害のある子が、いたはずだ。 交通事故に遭って、車いすで暮らす小学生が、 雷に遭って、寝たきりになった中学生が、 おかしなワクチン注射を受け、普通に暮らせなくなった高校生が、 嘱望されていたのに突然の病に倒れた大人が、 実は私の周りには、いたはずだ。 私は、運よく生きてきただけだった。 それは、誰かが背負ってくれたからだったのだ。 息子よ。 君は、弟の代わりに、 同級生の代わりに、 私の代わりに、 障害を持って生まれてきた。 老いて寝たきりになる人は、たくさんいる。 事故で、唐突に人生を終わる人もいる。 人生の最後は誰も動けなくなる。 誰もが、次第に障害を負いながら 生きていくのだね。 息子よ。 あなたが指し示していたのは、 私自身のことだった。 息子よ。 そのままで、いい。 それで、うちの子。 それが、うちの子。 あなたが生まれてきてくれてよかった。 私はそう思っている。 父より (facebookの元記事は) 【 東京すくすくラジオ】サイト開設1周年の2019年9月にあわせて記者がつくった音声コンテンツです。 記事を書いた原田記者が、取材の裏話や神戸さんのその後、コメント欄に寄せられた声への感想を語っています。 4月から小学生になる自閉症スペクトラムの息子がいる、てんかん患者の母です。 予定日、破水してすぐ病院に行きましたが30時間かかってもなかなか出てきてくれず、結局、帝王切開で産まれてきました。 呼吸が弱いと言われてすぐNICUへ行くことになり、みんなの初対面は窓越しでした。 家族みんなずっと付き添ってくれたのに、NICUへ入院と聞いた私の母に『どうせアンタの子やからこういう子が産まれてくると思った』と言われて、お腹の傷がスゴく痛くて悲しいのと、実の母に出産直後にあんな事言われて心も体もボロボロになり、産後うつもあって毎日ずっと泣いてました。 初めての子育てで何もわからなくて、当たり前と思いながら過ごしてたら、私の妹に『もしかしたら自閉症かもしれないよ。 うちの病院で診察してもらうといいよ』と言われましたが『男の子はゆっくりだから心配しなくても大丈夫だよ!』と先輩ママさんに言われて都合のいい方を信じてました。 が!3歳検診の時に『自閉症スペクトラム』と診断されて、妹が勤めている病院へ紹介状を書いてもらい、今も通院してます。 すると私の母が『やっぱりね。 アンタの子やからそういう子が産まれると思った。 これからたくさん苦労するやろうね。 こんなかわいそうな子を産んで…』と言われて悲しくて涙が止まりませんでした。 私は大人になって、てんかんになり、いろんな薬を試して激ヤセしたり、激太りしたり、大発作になったりして…。 今、1日11錠飲んでて、発作がナイです。 やっと私に合う薬と出会えました。 妊娠中もずっと薬を飲んで、何度か発作もあったからそれが原因なんじゃ…と自分をスゴく攻めました。 3歳から療育へ通わせると言葉も二語文が出だして排泄も幼稚園入園までに出来るようになり、今は療育2カ所と幼稚園へ通ってます。 幼稚園へ通いだしてから言葉がスゴく出だしてビックリしましたが、困ったことや出来ないと思ったことを具体的に伝えることが難しくて泣いて訴えると先生に言われて…。 家でも幼稚園の話を聞いてると、いい話の時はスゴく楽しそうに話すけど、イヤな事があった時の話はハチャメチャで何を言ってるのかわからなくて…。 父ちゃんへの八つ当たりで殴ったり蹴ったりが一時期スゴかったです。 大きい音、初めての場所が苦手で、1度行ってイヤだった所は2度と行かない、こだわりが強い、水が顔にかかるのが苦手…。 けど、記憶力が本当にスゴくて…逆に私は記憶力が悪くて息子に教えてもらう事がよくあります。 ひらがな、カタカナ、漢字、英語ほとんど読めるし書くのも好きで、遊ぶより本を読んだり、いろんな事を書いたりする時間の方が長いです。 『長所を上手く伸ばしてあげるとスゴイ事になると思うから、長所を伸ばしてあげて下さい』と通院してる先生に言われたので、今まで通りの生活をしてます。 けど一人っ子だから寂しい思いをさせてます…。 『妹が欲しいな』って幼稚園入園してからよく言うようになって…。 けど、40オーバーだし、また1から薬調整と何度も検査と葉酸を飲まないといけない…。 1人で2人を育てることが出来るのか…スゴく不安なので、小学生になったら放課後ディに通わせて寂しい思いをなるべくさせないようにと思ってます。 父ちゃんのご両親は、私と出会うだいぶ前に亡くなってるので、お墓参りに行ったり、家の仏壇で手を合わせて成長をみてもらってます。 この先スゴく不安だらけですが、子供の成長もスゴく楽しみです。 記事の感想になってなくてすみません…• 自閉症の長男とよく喋るスペクトラム次男の父親です!毎日楽しいっす!(何が正解で何が間違えか分かりませんが)正直、私もスペクトラムなんでしょう、子供中毒です 笑 悩まないで下さい。 本気でむきあえた時に自分の動きが分かります。 自分の子供は美しい、何故ですかね?自閉症は羨ましくなってます!私はわからないけれど、伸びがハンパない! 投稿見たらさ、悩んでいるのはわかる。 私の娘は7歳で広汎性発達障害です。 今までずっと育てにくさを感じながら過ごしています。 療育にも通っていろんなやり方を聞いていますが、学校でのトラブルが多く、未然に防ぐことができていません。 周りの人からの理解は得られていないと思います。 娘が発達障害だとわかっていて、周りのお母さんに娘のした悪いことを言いふらす人もいます。 「直接話したら深刻になるから、みんなの前で話したら笑い話になるやろー」と言って。 笑えないです。 また子供が嫌なことをしてしまったという罪悪感でいっぱいになります。 下の弟はおそらく定型発達ですが、上の子がそうだからと、「弟さん保育園で大変なんやろ?」と息子が保育園に入りたての時に幼稚園のいろんなお母さんに言われました。 人との関わりが辛くて弟は保育園にしたのに、幼稚園では下の子も発達障害で大変だから保育園にしたということになっているみたいです。 そういうことが続いていて、今はまだ娘が娘のままで良いとは思えない毎日ですが、いつかはそう思えるように過ごせたらと思います。 少しでも辛さを理解してもらえる世の中になってほしいです。 私は4人子供がいて、そのうち2人が自閉症です。 長男が障害を持っていると分かった時、絶望感しかありませんでした。 神戸さんのお気持ち良く分かります。 しかし私を含め、障害者に対しての認識や理解、そして想像力の無さを、2人の子供に教えてもらい、みんな違ってみんないいと思えるようになりました。 私がそう思えたのは、自分がうつ病になり、苦しさから逃れたくて心療内科の医師に、「まず自分が変わりましょう。 人は貴方が変えることは、出来ないのでね。 」と言われたことが、きっかけでした。 障害を持って生まれた子供を育て成長させる事は出来ても、生まれ持ったものを無くそうとしていた自分がいた事に気付き、長い時間がかかりましたが、今は自閉症の2人と健常の2人と楽しく、暮らしています。 神戸さんの様な発信力のある方から、問題提起された事は、本当に大きな意味を持つと思います。 今のこの現実、虐待の奥に潜んでいるかもしれない問題や、学校の先生の無理解、教育の中に余りにも含まれず除外されている事など、私も微力ながら、チカラになれる様に生きて行きたいと思います。 記事を読ませて頂いて泣けて仕方ありませんでした。 家の長男も自閉症でもうじき40歳になります。 私も神戸さんと同じように、この子が普通であったらと何度も思い、そして現実の厳しさを突き付けられました。 うちにも年の離れた弟がおります。 最近弟が小学生の頃の作文が出てきました、兄のことを書いたもので、ありのまの姿をさらりと書いていて、母である私の思いを一番見てきてくれたんだと分かりました。 思い返せば、次男も私とはまた違った思いを沢山してきただろうに私達親に心配かけることが殆ど無かったのは、次男の優しさであったかと思います。 長男も私にだけ分かる、キラリと光るものが見える時があります。 目の前の現象に振り回されて一喜一憂してる私が実は周りのかたや息子達に育ててもらってるのかと思います。 自閉症児の母親です。 私は他人に理解されず冷たい視線は我慢できます。 でも主人、実母、親戚に理解してもらえない事が苦しいし辛い。 主人は年に数回しか帰宅しないからほぼ二人暮らし。 友達もいない。 児童館へいけば他の子と比べてしまって勝手に悲しくなったり、他の親から距離を取られたり。 主人や実母に相談しても自分の子供 孫 が障害児なのを受け入れることが出来ないようで話を逸らす。 なのにいつ話すの?まだ話さないの?ちゃんと絵本読んでる?お前がちゃんとしつけないから何も話さないんだろ? 何をするにもルーティンだらけで毎日しんどいのに味方?がいないの本当きつい 偏食もすごくて大変 でも可愛い 大好き できるかぎりこの子が楽しく生きていけるようにフォローしたい 頑張る• 8歳の甥が重度知的障がいを伴う自閉症で姉夫婦が育てています。 言葉でのコミュニケーションは難しく、オムツも必要です。 しかし、絵を描いて気持ちをあらわしてくれることがあったり、時折笑顔を見せてくれたり少しずつ彼なりの成長は感じられます。 この記事をよんで、姉家族と同じように世間からの非難と冷たい視線をうけ苦しんでいる方が多いのだと感じました。 病院の待合室で騒いでいる甥を見て、「親の育て方が悪い」と怒る人、親戚でさえも「知恵おくれは大人になれば治る」と言って障がいについて理解しようとしてくれない。 兄弟に対して友達からのいじめもあるようです。 日々、甥と共に一生懸命生きている家族がどうして、こんなにもつらい思いをしなければいけないのかと心が痛みます。 世間からの温かい眼差し、声かけがあれば姉家族はどんなに生きやすくなることか…。 自閉症への理解がもっと世間に広まってほしい、障がい者、その家族に優しい社会であって欲しいです。 以前、軽度のアスと投稿した者です。 生まれてごめんなさい。 私は、パニックになって一階の天井の高さ位から落ちて骨折しました。 35年たつ48になっても冬は痛くなります。 当時は強い薬でたぶん押さえていたみたいです。 いまは中3小4の子供の為に死ねないと決めてます。 現実的に皆さんの子供のお世話が辛いのであれば、昔の私のように薬の処方は出来ないでしょうか?私のように一度、死にそうにでもならないと薬の処方は難しいですか?お父さん、お母さん、逃げることは、悪いことではありません。 生きていて下さい。 せめて親が眠れるように子供に風邪薬、ヒスタミン?は小児科で出して貰えるかも。 夜泣きで、ノイローゼの親に奥の手であると聞きました。 眠って、愚痴をはくといいと育児本にありました。 ここのページにはあってないかもしれませんが、死なないで下さい。 生まれてから今まで、ありがとうございます。 ごめんなさい。 アメリカ在住です。 アメリカでも、立ちはだかる壁があります。 泣きながら七転び八起きです。 学校のカウンセラーのASD評価は、、、「何も悩むことなんてありません。 感覚過敏があるからバスに乗れなくてメルトダウン起きとるやん。 社会性の欠如は学校以外が一番大変なの分からんか?毎日毎日手伝いしてやらんと宿題出せへんの分からんか?税金が使われるから軽度は特別支援を受けなくて何とか自分達でしましょうと促すのは分かるが、所詮は学校の心理士。 何も分かっとらんのが多い。 お爺ちゃんお婆ちゃん夫も理解不足。 私だけで毎回ミーティング。 病院のカウンセリングも1人ぽっち。 今日の学校の評価には落ち込み、生きるのが辛くなった。。。 子供には悪いが、この記事にあるように、子供のみならず、親も子供と同じくらい尊重されても良いはず。 親も辛いのよ。 本当は子供と沢山笑いたいのよ。 日本に行ったら、子供で悩んでる人がいたら、そっと声を掛けてあげようと思います。 こんにちわ。 この記事をたまたま、拝見して。 私の孫ADHDの自閉症です。 忘れもしませんが、小学入学の教室での先生と保護者の皆さんの前で、先生がナゾナゾをされました。 ぞ!のつくのは?2名手をあげました。 はい、では森君と。 けど、先生も一瞬ビックリされ、うまくフォロ~されましたが。 保護者の方々はかなり、引いてました…私も多少ビックリしましたが、間違いはないと思って、ふっと、娘の顔見たら、辛いのでしょう。 恥ずかしいのでしょう…それから、孫は窓際に立ちズーと、外を見てまして。 幾度か先生が注意してもむずかしいのか、諦めたり、等々。 娘を見たら、泣いてました。 私とて同じ気持ちでした。 帰宅して…私は孫に、何でゾウさんでなく、ゾンビだったの?聞いてみると、バァバあのね、ゾンビには悪いゾンビと良いゾンビがいて、穆は良いゾンビを言ったよ~と。 そっか、良いゾンビだったわけね。 うん、ゾがつくのは間違いないよね😄と誉めましたが。 微妙な気持ちでした。 これは忘れもしません。 今では孫は普通学級に行きたいと、言いますが。 それは無理で仕方なく支援クラスです。 今は五年生です。 この先どうなるのか、娘も私も不安でたまりません。 記事のコメントを見ていて思ったことです。 「普通」ってなんでしょうか?「普通」に生まれなきゃ排除される世の中ってどうなんでしょう…出る杭は打たれるのでしょうか? 障害のある子どものほうがより「素直」で、私からしたらキラキラして見えます。 そういう子どもと接しているときの方が私もキラキラ 楽しすぎて目が輝きます できます。 放デイ勤務していた際に、発語がないお子さんや他害の酷いお子さんと接してきましたが、言葉が出なくてもしっかりと理解することはできていましたし、私の腕に引っ掻き傷が今も残っていますがそれはその子の苦しみの叫びだと思うとぶつけてくれてありがとうとさえ思います。 こんなこと言っている私が「病気」かもしれませんが。 20代 小学校教諭 放課後デイサービス勤務経験有• もうすぐ26歳になる重度自閉症の息子の親です。 ここに書かれた沢山の親御さんの中ではかなり年長でしょうか。 まだお子さんが小さく診断を受けたばかりの親御さんの気持ち、切なくも懐かしく思い出します。 私も診断を受けた日、クリニックからどうやって帰宅したか記憶にありません。 でも私と違い診断を聞いた主人は「うん、わかった、これでモヤモヤした気持ちも終わり。 ねえ、前向いて今出来る事をやろうよ」。 その日から彼は息子にあらゆるアプローチをしました。 楽しみながら。 そんな主人も42歳で亡くなってしまいました。 息子が中学2年生の時でした。 心強い頼もしい主人が亡くなりどうしていけばいいのかわからず、息子が男の子としてこれから難しくなる大事な時期に突入する不安。 それと同時に父の介護も重なり…。 でもそれを支えてくれたのが誰でもない息子でした。 父親の死への理解などありません。 不安定な私への不安もあったでしょう。 でも彼に訪れる毎日にかわりはなかった。 それが不憫でしたが前を向かなければいけないとも思わせてくれました。 認知症が進む父も、命より可愛い孫の存在はそのその進行すらゆっくりにさせていきました。 そして息子の事は最期まで忘れる事はありませんでした。 私も神戸さんのように健常の息子の夢をよくみては朝目が覚めて現状に引き戻されまた大変な1日が始まる。 でも今青年になった彼と2人の毎日がしんどくも楽しくて仕方ありません。 軽度ではありませんから1人にさせる事はできない苦労はあります。 でも一緒に台所に立ったり朝ゴミ捨てに行かせたり野球を見に行ったり。 その時その時を噛みしめています。 まだ幼くて先が見えない不安と闘ってる親御さん、この子達にも無限の可能性があります。 親だけでなくサポートして下さる方々、友人、親戚、きっとその中の誰かが力になってくれます。 見ず知らずの他人様も無理解な人ばかりではありません。 障害者が安心して生きていける国とは言い切れませんが希望を捨てずに自分達のまわりから変えていけたらなと思います。 今日も違うマンションの掃除のおじさんにも挨拶をしてしまう息子と一緒に施設のバス停に向かう母でした。 奈良市に住んでいます前原と言います。 長女次女が知的を伴う発達障害で三人目の娘五年生とまだ2歳の息子が居ます。 長女は公立中学校の支援学級に居ましたが場面暗黙症があったので今は養護学校の高等部に通って居ます。 次女は公立中学校の三年生で支援学級に入ってます。 人生の分かれ道になった時初めて受験で苦しむ事もなければ駅でああやって友達と学校に行くことがないんだと思うと涙が止まりませんでした。 小さい時は分からなかった苦しみが一杯出てきました。 小学四年の時に発達検査を受けた時娘が障害なんて認めたくなかった。 なんでなんで。 娘が恥ずかしがりやさんと思ってたら場面暗黙症だった。 なんでなんで!なんでなん。 なんでうちの子なん。 神様なんて居ないと思った。 でも確かにいじめる側にはならなかったしいつもされる側だった。 三人目を産んでやっぱり長女次女はちょっと違う。 認めたくなくても認めるしかない現実。 でも障害者って関わりなかったけどママも初めての事ばっかりだけど。 少しずつ成長してる、ママも子供も。 自慢の娘には変わりない。 娘には感謝してる。 お母さんにしてもらってありがとう…… 娘が病気やったから分かったこと。 周りの人の優しい所。 沢山意地悪されて悲しい現実。 でも娘は毒を吐かないいつもピュア。 だからママの嫌な所が自分でよく分かる。 だけど!泣いて笑って怒って不安一杯子育てに違いはないなーって。 思ってます。 ただ1つ違うこと。 私が死んだら……長女と次女はどうなるやろ。 分かってる?三女長男とは違った感情。 たまに娘が普通やったらって思う……恋バナしたりしたかったな…… 普通ってこんなに難しいんやと。 神様が居るんなら聞いてみたい……何でうちの子なんですか。 自閉症スペクトラムの小1の長男がいます。 今日、洋服を選んでいるとき、目を離していまい、一歳の知らない子供に2回平手打ちをしてしまいました。 向こうの親には、育て方が悪いと。 すみませんでした。 じつは障害があって。 と伝えても、ならなおさら目を離してはいけないと。 とにかく本人からごめんなさいの言葉がほしいと。 相手と話している間に、息子は逃げてしまっていて、なんとか見つけて謝らせたが、おそらく本人は事の重大さがわかっていない。 もちろんうちが100%悪いし、ごめんなさいしか言えないが、言いたいだけ言って去っていった相手に、健常者に生まれてよかったですねと言ってやれば良かったという気持ちになった。 結局、自分の子供が障害者じゃない人にはわからない。 育て方が悪いって…どうしたらいいのかわからない。 幼稚園の前から療育に通っているし、はっきり診断が出たのは幼稚園入ってちょっとしてから。 私は年少から年中の途中まで幼稚園に行ってる間毎日息子に付き添ってきました。 何もやってないことはないはず。 育て方が悪いという問題ではないはず。 一緒にいた母親のお母さんからは、私も2人の子供を育ててきたと。 偉そうに言ってきた。 ホント健常者で良かったですねと言いたい。 うちは他害があるので、とくに問題だし、辛いです。 ホント、子供が健常者に生まれてきた親御さんに言いたい。 健常者に生まれてきて良かったですねと。 自閉症スペクトラム障害当事者並びに、中学生の長女も当事者です。 「冷たい見方が広がり続けてる」という風には感じませんね。 当然、安全な対岸から火を投げつけて逃げやすくなった面あり、変わってない面あり、解決法にたどり着けなくても「こんな人がいるんだ」と興味を持つ人、いろんな人がいて、一言で表せなくなったという気がします。 私がネットで出会った妻と最初のデートで待ち合わせた駅のホーム。 数年後、同じ障害を持つ少年が人を突き落として殺害しました。 随分前のことですが、あの頃マスコミ各社は「殺人事件の原因は発達障害にある」という論調を普通にしていましたよね? 当然の如く不安に陥った大衆の敵討ちの標的になりました。 『「育て方が悪い」という一方的な視線』この記事の書き出し「あの時、憎悪を煽った新聞も随分変わったものだな」と思います。 Facebook引用してくるとかね・・・。 障害は現実で、決していらないものじゃないです。 自閉症は障害でありますが、それがもたらす過去・未来の恩恵に基づいた当事者並びに保護者の評価なんてされることはありませんし、無知を単純に責めることはできませんが、その一言は私や私が守りたい人の生活を長期間に渡って潰されてきました。 一体誰を憎めばいいのか?「そんなにみんなで殺人鬼言うなら適当に殺してやろうか?」何度思ったかわかりません。 その黒い記憶が発作的な記憶想起(いわゆるフラッシュバック)で私を何度も苦しめた一方、私と同じ闇に落ちそうになる何度長女を救えたことか。 大丈夫、あなただけじゃないですよ。 その怒り、憎しみ、きっと多くの人の力になれます。 私はそうやって生きてるから。 あなたが近くにいて、あなたのことを知ってたら、私の黒い記憶に誓って絶対助けます。 はじめて読ませていただきました。 この記事に出会うきっかけは息子が同じ発達を持った子と一緒に遊びたいのに、彼の思いがけない言葉に心が壊れそうになった姿を目の当たりにしてなんとかできないだろうか?と思ったからでした。 我が子はASDとADHDの混在した発達があります。 診断を受けたのは今年に入ってすぐのことでした。 その可能性が高くまず療育へ!出来る限りのことをしたい!子どもの困った感を軽減したい。 その事しか考えられず、昼夜とにかく沢山の本を読むことで息子への理解を深めていきました。 療育を初めて2年目に入りやっと少し形が見えてきたように感じてます。 息子の優しさゆえのガラスの心を柔らかくしなやかな形へ変化させて行くには一生勉強だと感じています。 治ることのない障害に息子自身どうこれから向き合い折り合いをつけていけるのか…悩ましい日々は続きますが、ただ愛おしい存在であることは間違いなくって、彼のために親として先に生まれたものとして何をサポートできるのかを考え息子がいいよって言ってくれるまで側にいて見守りたいと思います。 昨日より今日、今日より明日が息子や同じように悩んでいる方に生きやすい世の中なることを心から祈ります。 この8月に3歳の息子が自閉症の疑いという診断をうけました。 やはり…って感じでした。 来月からは、療育に通う事が決まり息子の為に頑張ろうと思っていた矢先、ご飯屋さんに行った際、じっと出来ない息子は飛び跳ねながら大きな声を出してしまいました。 注意はするものの収まる訳でもなく後ろの席に居た70代位の男の人にうるさいぞと叫ばれました。 とっさに睨み返してしまいました。 その点は反省しています。 世の中には障害を持って生まれ、じっと出来ない子も居てます。 そういう状況を知らないで、そういう事言うのは辞めて頂きたいと心から思いました。 また、同じ事言ってきたら、直接言ってしまいそうでした。 反対側の後ろの席のおばあちゃん世代の人もチラチラ見てきて…ホント、まだまだ理解がないんだなと感じました。 体が小さい時は、元気な子ね。 で終わった反応が3歳になり体も大きくなり、周りのそういう反応が気になりだしました。 息子は悪くないのに、そういう周りの反応にイラッとしてしまい、息子に当たってしまった小さい自分に反省です。 全てを理解してくれとは言いません。 もう少し息子が暮らしやすい世の中になってくれたらなぁって思ってしまいました。 神戸さんの記事、そしてここに寄せられているたくさんのコメントを読み、胸が苦しくなりました。 障害を持つお子さんを育てているご家族、ご本人にとって「なんて生きにくい社会なんだろう、、」と。 私は健常児2人娘の母です。 保育士です。 障害児の放課後ディサービスでも働いた経験があります。 働いていた時も今も、常日頃思うことがあります。 それは、障害を持つお子さんを育てているご家族のみなさんはみんなスペシャリストだと。 計り知れない程、悩み、苦しんだことと思います。 でもそれを感じさせないぐらい明るくて、子どもと真っ直ぐに向き合ってる姿を見て「素敵!私もこういう母でありたい!」と何度も思うことがあります。 「外へ出ると冷たい目で見られる」というコメントも読んで悲しくなりました。 自分がそういう立場だったら、、と考えることはできないんでしょうか、、。 「あなたのお子さんやお孫さんは小さい時、公共の場で騒いだり、泣いたりした経験は1度もないんですか?」と聞きたくなります。 もっとみんながおおらかな心で、障害を持つ方が生きやすい社会になることを願うばかりです。 重度知的、自閉、骨の病気まで持ってうまれてきたうちの長男も、睡眠障害で毎晩夜中に起き奇声をあげて家中をガチャガチャと物音を鳴らしながら走り回ります。 睡眠は大事です。 睡眠不足は心を蝕みます。 共働きの我が家の二人ともが眠い目を擦りながら、時には頭をふらつかせながら、仕事に行きます。 妹は、何度も寝返りを打ちます。 この子と暮らして9年、感じることも少なくなったし、私たちは幸せですし、超越したと思っていますが…涙が溢れて止まりませんでした。 よくやってるよなと、自分を褒めながら、私もこの子を守り、この子の人生を必ず全うさせてみせます。 私も同じように思います。 普通ならな…。 普通なら、私の割と好きになった今の自分はいなかっただろうな。 長男は、私たち夫婦を育てるために、妹は、私たち夫婦を救うために、生まれてきてくれたのだと、有り難く幸せに生きています。 記事を読ませていただきました。 なにげなく、見た内容が、自分の子供と重なり涙が溢れてきました。 私もなんで健常者じゃないんだろうと、色々な、場面で感じます。 今日も小児科に行き小さい子は泣いてないのに、うちの子だけ3歳半なのに抱っこしないといけないのかなとか、子供美術館に入ろうとしても泣きわめき入れず行きたいところも上手くいけず、外食もできず。 自分はそうじゃかなかったのに、ふと思ってしまいます。 でも、療育に行き、アドバイスなどもらうことで、自分の関わり方を思い直すと、心を開いてくれるときや会話になるような言葉を目を見て話してくれるときや笑顔を見れた時はひとしお嬉しいです。 自分は相手に求めすぎてばっかりで、子供に真剣に向き合ってなかったんだなと純粋な子供をみて考えさせられます。 どうしても、友達の子供と遊ぶと冷たい目でみられたり落ち込むこともありますが、我が子の為に自分は生まれてきたと旦那の言葉を聞いて、心強かったです。 私は、働いていますがなにもとりえはないですが、この子のためにお母さんで良かったと思われるようなお母さんでありたいと同時に、この子と過ごせる時間を大切にして、たくさんの思い出を作り、ゆっくりな成長ですが、その分できた時や反応をみる感動は大きく、この子がいるおかげで違う世界をみれた、私のところに生まれきてくれた命を大切に、これからも家族で楽しく暮らしていきたい。 長男19才健常者、次男17才重度自閉症。 次男は2才前から障害者である可能性がわかりました。 明日の朝には「ママ」って起きてくるのでは、今起きてることは夢なのでは、と、毎日が過ぎていきました。 でもあの子はコチョコチョするとはちきれんばかりの笑顔で笑い、何度もせがんできました。 替え歌にあの子の名前を入れて一緒何度も歌いました。 不意に見せてくれる笑顔が見たくて、それだけで私は幸せな気持ちになりました。 私は幸せだけど、二人 長男、次男 は幸せなのかな… 10年前からシングルマザーになり、二人を育てることは並大抵ではありませんでした。 難聴や腎臓を悪くしました。 外に出ればいろいろな人と関わらなければならない中、傷つくことはこんなにも多いのかと愕然としました。 でもたくさんの人に支えられてなんとかやってこれました。 昔からの友達、ママ友、近所の人たち、先生、療育の先生、医師、ヘルパーさん、子どものお友達。 数えきれない人たちの支えがあって、私の人生はそれまでとは180度違う人生になりました。 見えるものが変わると自分の感性も変わり、大切なことがひとつひとつ手に取るようにわかるようになりました。 親の愛情をほとんど知らずに育った私は、子供たちからの無条件の愛を受け、不器用なままに子供たちの笑顔を見るためだけに生きてきたように感じています。 みんな違ってみんないい。 ギブアンドテイクが当たり前の世の中になってほしい。 そんなふうに思いながら日々、生きています。 3歳を迎えた息子が同時に自閉症の診断を受けました。 2歳になる頃には、人の目を見ないことや声かけへの反応のなさから違和感を覚えており、さまざまな特徴からも自閉症は覚悟していました。 誰かの代わりの障碍。 そういう考え方まで、私はまだかかりそうです。 私の中で芽生えて育って生まれてきた息子ですから。 自分の責任を切り離して考えることはできません。 苦労させる、ごめん、ごめんと毎日毎日思います。 でも、今のままの息子が私の息子でかけがえがなく、愛しくてなりません。 息子は双子なこともあり生活は大変です。 私自身の精神科受診を考えることも多々ありますが、大切な息子が少しでも生きやすい人生を歩むための勉強が始まったばかり。 頑張りたいと改めて思いました。 夏休み帰省して数日経ちました。 毎日、休む暇はありませんが両親に助けてもらいながら日々過ごしています。 今日、電車に乗り二人を連れて福岡のO駅で昼食をしようと入って二女がパニックを起こしました。 店員さんに謝り、自閉症ですと伝えても中々、分からなかったようでしたが、とても親切にして下さいました。 高齢の女性は血相変えて…煩くてまともにご飯食べられんやったと、こっぴどく叱られてしまいました。 一方、隣の方に謝ると、いいのよって笑顔で仰って下さいました。 その方はヘルプマークをご存知だったかもしれませんが…。 自閉症の理解はまだまだですが、迷惑かけつつもいっぱい外に出て、将来、自閉症のことをわかって頂けるよう前に進んでいきます。 謝ることばかりだけど、子供たちが自立するときのために…。 私の息子は一歳半検診で言語の遅れがあると引っ掛かり、2歳のときに自閉症の診断を受けました。 何となく覚悟はしていましたが先生の口から自閉症と言葉が放たれた時はやはりショックで暫くは落ち込みました。 今年の4月から支援学校に通いだし楽しんで行ってくれています。 現在3歳、言葉はまだまだ話せませんが声の種類が増え、支援学校での手遊びなどを家でも気が向いたときなどに突然披露してくれます。 今日はツーステップで喜びを表現してくれました。 他にも色々と楽しい動きを見せてくれるので、我が家では最先端のコンテンポラリーダンスと命しています 笑 3歳年上の長女は話が出来ない弟と話せるようになるのを楽しみに待っていて、その姿が時々切なくなったりもします。 これから成長と共に大変な事も増えていくだろうし不安に押し潰されそうな時もあり、夜中に寝顔を見ては涙が止まらず、愛らしい寝顔に謝る夜もあります。 それでも時を経てゆく中で自分に何が出来るか考えさせられました。 ありがとうございました。 読ませて頂きありがとうございました。 重なると思う部分が多く心が救われました。 私は、母子家庭なので、私1人でできる対応が限られ今まで自分が出来る範囲工夫などの対応してきましたが、自分にも出来る範囲の限界があると感じ、正直最近疲れきっていたので、記事を読ませて貰い本当に励みになりました。 私には、自閉症の子供がいます。 幼稚園の年長の頃に症状が悪化し5年程学校に行けなくなり家で過ごしていました。 今年に入り別の支援学校に移ってから初めて一緒に少しずつ登校出来るようになってきました。 子供と接する中で、よく感じる事があります。 子供が生まれてきてくれたからこそ、私の方が子供から色々な事を学んだり成長させてくれた部分が沢山あると感じました。 この記事を励みに焦らずゆっくり歩みたいと思います。 ありがとうございました。 神戸さんの詩を読んで涙が溢れました。 私は今52才、私が小学生の時学校のグラウンドに手紙の付いた風船が落ちていました、それを拾った友達と校長先生の所へ持っていくと、風船を飛ばした人に手紙を書こうとなりました、それは群馬県にある福祉施設から飛ばされた風船でした。 しばらくしてその福祉施設から一冊の本が送られて来ました。 タイトルはたしか「神どののお昼寝」だったと思います、小学生だった私は読んでも意味が解らず、もやもやとした気持ちのまま本の事は忘れて大人になっていきました。 あるとき ふと 本に書いてあったのは、障がいを持って産まれてきた子は、神様がお昼寝をしてる間に産まれてきただけのことで、誰にでも起こり得る事で、元気に産まれてきた人だって、ただの偶然にすぎない……という事ではなかったのか、と思うようになりました。 ほんのちょっと違う所があったり、でも そもそもどっちが違うのか、、、 みんなちがってみんないい、我他皆師なり、、世の中がおおらかな気持ちで、全てを認めあい、お互いを大切に思いあえれば温かな日本になれると思います。 3才になる息子がいます。 まだ、意味のある言葉は出ておらず、一見外国語のような訳のわからないことをずっと話します。 多動もあり、常に走り回らなくては気がすみません。 気にくわないことや、いつもと違うことをすると癇癪を起こし狂ったように泣きわめきます。 今現在、言語訓練を行いながら、経過観察中 診断はついていません ではありますが、自閉症で間違いないだろうな…. と覚悟は決めています。 決めているのに、診断の時が今とても怖いし、息子の将来のことを考えると不安でなりません。 でも、この詩を読んで涙が止まりませんでした。 この詩に出会えて良かった。 不安なことだらけで弱い母親ですが、息子をこれからも大事に、大事に育てていきたいです。 我が子も知的障害を伴う自閉症です。 5歳になりますが、日々の療育の成果むなしく、まだ一言も話せません。 多動や奇声が大変で、外に出れば周りの視線を感じ、理解のない老人にやかましいと怒鳴られたり、常に足の速い子供を追いかけまわし、子の安全の確保と周りの人への謝罪ばかりで疲れ、世間の冷たさに何度も涙しました。 (かといって多動だし家の中だけではもたない) 最近は奇声は落ちつき、多動もやや落ちついてきました。 とはいえ、健常児ばかりの保育園にいっていますが、ダントツで多動で、コミュニケーションも取れないので苦労しています。 健常児の親にはこの苦労は絶対にわからないと思いますし、何げない一言や、周りの子たちと比べてしまって落ち込むことも多いです。 神戸さんの詩、泣けました。 本も読ませてもらいましたが、弟さんの思い、これまた泣けました。 まだ神戸さんのような境地に達せてないですが、世間の理解が広がり、自閉症でも受け入れてもらえる優しい世の中になってほしいです。 自閉症の息子が幼稚園と小学校の低学年の頃は、学習障害に加え徘徊と奇声でクラスのお母さん方には白い目で見られ、担任の先生からも見放され、息子を不憫に思い将来を心配し、ダメな時は二人で死のうと思った事が有りました。 その息子も今年二十歳です。 幼少の頃から絵を描く事が好きな子で、ビジュアルアートを専攻する美大生となりました。 当時はまさかこのような日が来るとは想像もつきませんでした。 思えばあの頃の他人の冷たい視線が私の中でエネルギーに変わったような気がします。 なんとかこの子を健常に近付けたいと。 その思いで十年間ありとあらゆる治療や療育に取り組んできました。 中学生、高校生は他の生徒と足並みが揃っていなければなりません。 学校では息子が苦手な文学や科学系の学科も受講しなければならず、落ちこぼれ感に悩まされました。 しかし、大学になれば自分の得意な学科に専念することができます。 息子は動物と人間の顔とその表情に強い興味を持っています。 正にスペクトラムの特徴、とも言えるでしょう。 しかし今ではその不可思議な興味が彼の美術のテーマになりつつあります。 今、少し光が差し始めたのです。 小さいお子さんを持つ私よりずっと若いお母様方を応援したい気持ちで投稿しました。 読んで涙が出ました。 自閉スペクトラム症の小学1年生息子の母です。 うちの子の障がいが分かったのは3歳の時でした。 それから私自身が受け入れるまでに2年くらいはかかっていると思います。 悩みました。 すごく、、、。 視覚優位の息子、いきなりのハプニングなどは理解が出来ない、それを説明するのも通じない。 言葉の通じない外国語で話しているかのように。 説明しても理解出来ない。 何度も何度も私自身に言い聞かせ、息子は障がいではなく特性が強いんだと。 それで息子と向き合っています。 今では私も理解して、周りに私が笑顔でちょっと自閉があるんですよ。 と伝えるようにしてます。 私は運良く、周りの環境がいいのでしょうか、周りの方も 最近多いから気にしないよ と 特性を伸ばせば天才だよ と言ってくれたりします。 私は息子の特性を伸ばそうと思いますが、壁にぶち当たりながら日々奮闘しています。 息子は虫や生き物は全てコンプリートするくらい好きで虫は平気で触り集めていきます。 名前も見て覚えているようです。 私も日々勉強出来るから息子に感謝、私は産んだ責任はあるからしっかり息子と向き合う覚悟で育児してます。 自閉でも体に障がいがあってもいきなり障がい者になっても、人にかわりない。 世界で大事な存在だから。 意味があって産まれているから。 涙がでてきました。 うちの長男は高機能自閉症です。 見た目が普通、知的に問題がなく、そのために苦しみます。 悪気なく言われる言葉に何度傷付き落ち込んだことか分かりません。 今もバタバタと毎日が過ぎ、悩む日々ですが、この記事を読み、スッと気持ちが軽くなりました。 救われました。 次男は全くの健常で病気一つなく過ごしています。 全て、長男が引き受けてくれたんだ.. この子が背負ったものはとても大きなものだけど、だからこそとても優しく明るいです。 そんなお兄ちゃんは次男のヒーローです。 2人とも大切な我が子。 悩みは尽きませんが、きっと乗り越えれる気がしてきました。 大丈夫、そう思えます。 母子家庭ですので、家族3人ニコニコと暮らしていきたいです。 産まれて成長過程で少し違うような感じがして気にしすぎかとおもっていました。 うちの子に限ってとは思いませんでしたが上の子供の時と違ってすべてに戸惑いを感じ病院に自閉症スペクトラム障害と診断されました。 落着きがなく眼を放すと何処かに行ってしまい気に入らないことがあれば、その場で奇声、初めはどうしようもないくらい恥ずかしく手を引っ張り抱っこしてその場からすぐに立ち去りどうしていいいかわからず、だれに相談していいかも分からず、病院の先生や福祉に相談、でも改善方法がない。 言われる事といえば決して怒らない、特徴の一つ受け入れるしかない、でした。 まだうちの子は軽度だからと、怒らない?の意味が分からず、保育園に入所した当初は周りの目が気になり運動会ではひたすら園を走って、お楽しみ会でもずっと廻りを走って、加配の先生もつけてもらって、どうこれからどうしたらいいかの話し合いもなく3歳まで来て、何度も繰り返し話し合いをして、4歳のクラスになった時に初めて良い先生に会えて少しずつ変化が、少し子供との向き合い方が分かってきたように思え、無事に卒園。 今小学1年生に、環境が変わったせいか多発性円形脱毛症になり髪の毛がなくなり、自分の思いがうまく伝えられないから、又始まった自傷行為、色んな所に頭を打ち付け、自分を叩く、そして暴言、何度も言われると心が折れそうになります。 自分を痛めつけている姿を見ると涙が止まらなったり、学校でも支援学級のお友達に暴言、暴力、クラスから居なくなったりしているそうで、私は子供にどうしてあげたらいいのかわかりません。 そのままでいい。 それがうちの子ってわかってはいるんです。 生まれてきてありがとう。 とも思っています。 宝物、間違いないです。 でも急に居なくなれば何かあってはと思い、人に暴力は振るってはいけないことを伝えるにはまだまだ時間がかかるみたいです。 まだ1年生、時間はたくさんあるからと自分に言い聞かせ向き合っていかなければいけないのはわかってるんですが、どう伝えればどう向き合えばいいのか、毎日が自答自問の日々です。 ただ相談や話ができる人がいたら少しはかわるのかな。 母子家庭頑張るしかない!!• 私の娘もつい最近自閉症スペクトラム障害と診断されました。 言葉を話し出すのが遅かったり、喋り方が周りの子より拙いと思う事もあり、色々相談したりもしていました。 自閉症スペクトラム障害と診断されて、やはりショックです。 来年小学校に上がりますが、今のままだと普通学級に通うのは難しいと言われました。 なので療育を受ける事になりまさした。 療育を受けたからといって、必ずしも普通学級に通えるとは言えないと言われましたが、今出来る事をやりましょうと言われました。 私も今子供にしてあげられる事をしてあげようと思っています。 私は娘が生まれてきてくれたことを心から嬉しく思っています。 障害を持っていても、娘は私の宝物です。 子供の障害や親の悩みも様々ではあるでしょうが、今はまだでもきっといつか この子はこのままここにいるだけでいいと思える日が来ることを心から願っています。 昨年亡くなった私の父が重度知的障害の息子によく言っていました。 「いいか〇〇、お前はここにいるだけでいい、ただそれだけでいい」と優しく頭を撫でながら。 それは息子に対しての言葉ではあるのですが、父親である私や他の親族に対するメッセージでもあったと思います。 先日突然息子を亡くして、この子がいてくれたおかげで、自分は心から笑うことができていたんだと思い知らされている毎日です。 言葉で会話はできなくても、笑顔や笑い声でいつもまわりを明るく照らし元気を与えてくれていた。 新たな病に侵され、持病の心疾患も悪化し苦しかったはずのこの一年間も、最後の最後まで必死に生き抜いた息子は、私の誇りであり最愛の存在です。 まだ息子が小さいころ、仕事や将来のことで悩みいろんなことを諦め、この子がいなければとか、どうしてうちの子は普通じゃないのかとか、いっそ二人で死んでしまおうとか何度も考えてしまったこともありました、でも彼が色んなことを気付かせ、そして私に教えてくれた。 この子はこのままいてくれるだけでいいと思えるまで少し時間はかかってしまったけれど、多くの人に助けられ、また息子にいろんな事を教わり父親にしてもらった。 パパのところに生まれてきてくれてほんとに幸せだった。 でも今は早くお前のところに行きたいけれど、それは頑張った君への裏切りだと自分に言い聞かせて、何とか一日を乗り越えるのが精いっぱいなへこたれパパでごめん。 世の中みてさ、障害者よりも健常者の方が生きにくいかもしれないなと思った。 誰であれ、理解してもらえない人は居る。 誰であれ、白い目で見てくる人も居る。 そう思ったら、健常者の方が生きにくい世の中なのかもしれない。 私も統合失調症という障害があります。 今まで色んな人に出逢った。 障害がある事を言えば、色んな反応があった。 悪い事ばかりではない。 私の旦那さんは私の障害を知った上で「結婚してください」と言ってくれた。 息子も2人居る。 2人とも自閉症です。 私は子供達に「生まれてきて良かった」「僕は愛されている」と言える人生をおくってほしいと願っています。 障害者でも魅力的な方は居るから、そこから学んでいかしたい。 子供達の成長はゆっくりだけど、成長してる。 親が子供に出来ることは少しだと思う。 「自分の持てる愛を注ぐ」「子供のありのままを受け入れる」これだけ。 私はそう思います。 重度の知的障がいのある自閉症の17歳の娘の母親です。 色々と思うことがあって検索していたらこちらへたどり着きました。 ゆっくりながらもそれなりに成長してきたかなと思っていましたが、最近、動作がゆっくりとなってきたのが気になって…。 急かして本人に負担になってはと思うもののこちらがイライラしがちになってしまって…。 私が更年期であるからかもと思ったりもしてます。 2人で一緒に逝ったらと思うこともたびたびあります…。 でも、家族は他にもいるので、なんとか踏みとどまってると思います。 楽しみを見つけて過ごそうと気持ちを切り替えたいところですが、なかなかうまくいかないこともありますね…。 このままでいいのかと悩んでたところだったので…。 娘の笑顔に癒されながらありのままを受け入れていきたいと思います。 なかなか思うようにいかないこともあるかもですが…。 先日、知人からの連絡で神戸さんがnews23でやまゆり園の事件の犯罪者との面談の内容を出されると聞きました。 その時、神戸さんのことを知りました。 色々と考え方はあると思いますが、命は大切にしていきたいですね。 人生山あり谷ありですが、無理なく楽しくすごしたいですね〜!• 詩の中に書かれているワクチンの被害者です。 小6で子宮頸がんワクチンを2回接種してから、体調がおかしくなり、学校に、通えなくなりました。 高2の春症状が悪化してもう、自分ではどこにも行けません。 背負ってくれたなんて思えません。 まだそんな風に納得できません。 子供を育てるとはどうゆうことなのか。 修行?こんなに辛いのは私だけだとよく勘違いをします。 詩を読んでたくさん涙が出ました。 もちろん子供を愛しているし、生まれてきてくれて私を大人にしてくれてありがとうといつも思います。 けど、生まれてこない方が娘は楽だったのに、産んだ私が悪かったと逆に考えています。 早く皆さんが苦しみから解放されますように。 試練に立ち向かい続けるのって疲れますよね。 誰でもいつかは障害者になる。 名言ですが、ちょっと娘は障害者になるの早すぎました。。 いつかは治療薬ができて良くなって歩いてお買い物にいきたい。 私は、5歳の娘と3歳息子の母親です。 2人とも自閉症です。 喋れないし、2人はそれぞれに性格が違い出かけるのも私1人では2人連れて行けません。 とっても大変です。 けど小さい時から療育に通っていて、そこの先生・友達のママがいて、考えが変わって楽に生きていけるように考えが変わりました。 けどやはり理解のない人には我が子は挨拶できない、常識を親が教えていないとよく思われるし、注意されます。 けど、他人の目を気にせず育てると決めています。 私も何度も、車の運転中にハンドル操作を間違えと考えました。 けど理解してくれる人は少ないかもしれないけどいます。 そしてゆっくりですが子供も成長してできる事が増えます。 1人じゃない。 私は我が子達に感謝して毎日過ごしたい。 まさに、冒頭のような事がありました。 自閉症スペクトラムの小学生の息子がおります。 私なりにとても息子を愛し心配し、その生きづらさを悩んでいます。 暴れ癇癪を起こします。 どんどん体が大きくなり、路上で暴れる息子を引っ張っていって体が腰が痛いです。 何より知らない方に時々白い目で見られ、『そんなに怒ってたら息子ちゃんかわいそう~』とか言われ 夏祭りでくじ引きで癇癪、暴れる、なだめるために買った唐揚げを投げる、パーキングを蹴る、鍵をガードレールに打ちつける 、幼稚園のママ友には『ぎゅってしてあげな~』と言われ、小学校のママには、母親への試し行動ではないかと言われ。 愛が足りないから息子は暴れるのでしょうか。 そんなはずはない。 私は私なりにずっと息子に向き合ってやってきた。 しかし、世間は冷たく辛い。 そのままでいい、そう思えたら。 そのままでいい、世間も思う?• 息子が自閉症スペクトラムで、現在特別支援学校の小学2年生です。 今は、保護者の皆さんが同じような悩みを持ち、痛みのわかる優しい方大勢いらっしゃるので、だいぶ心が救われましたが、幼稚園の頃は地獄でした。 教員からも保護者からもまったく理解されず、ことあるごとにパニックを起こす息子に暴言を吐かれ、他のママさん数人からも呼び出され、迷惑だから園を辞めていただけないかと言われました。 悪口を流され、ありもしない虐待の噂を流され、また、近隣からも息子による騒音の苦情などが相次ぎ、結局引っ越すことになったのですが、本当に言葉では言い表しきれないほどの苦しみの連続で、毎日毎日、息子と心中する手段を考える日々でした。 誰にも理解してもらえないことほど苦しいことはないです。 あの時、私はどうするのが正解だったんでしょうね。 今でも答えは見つからないです。 仮に、卒園するまで我慢し続けるのが正解だったというなら、そこでもし鬱が悪化して心中してしまっていたら、それも正解ってことになるのでしょうか。 あらゆる相談機関を頼りましたけど、明確な返答をしていただけた方は一人もいなかったです。 神様でない限り、正しい答えなんてわからないのかもしれませんね。 それでも心中したら責められるんですものね。 本当にあの頃は、どうしていたらよかったんでしょうね。 途方に暮れますね。 ただ、今は、ものすごく大きな目標ができましたので、未来のために全力で頑張っています。 障碍者が将来、差別を受けずに生きていくには、大きな資産を築いていくしかない、という結論に達しましたので。 我が子だけでなく、他の障害児のためにも、何か役に立てる人間になるよう、頑張っていこうと思ってます。 本当の意味で弱者を救えるのは同じ苦しみを経験した者にしかできないような気がするので。 4歳の息子が自閉症スペクトラムと診断されました。 軽度知的障害があり、単語はたくさん知っているけれど、まだ話せません。 私も同じように何度も息子が普通に話しかけてきてくれる夢を見ます。 起きると目が合いにくい、会話のできない息子がいます。 いつか2歳下の妹に、言葉も追い越されてしまう日が来るでしょう。 彼を想ってなのか、自分が辛いからか、涙が出る日もあります。 少しずつ成長している息子を誇らしくも思いますが、なぜうちの子だったんだろうと、健常児のママ達の会話が辛くなったり、毎日気持ちがアップダウンしてしまいます。 でも息子は息子、本当に愛おしい。 どうか、息子の未来が明るいものでありますように。 私たち家族をいつも明るく照らしてくれる太陽のような息子が明日も大好きな歌を歌いながら、笑っていますように。 いつも子ども達を自分のモノサシで見てしまい出来ない事に対して叱責してしまっています。 なぜ分からない?なぜ出来ない?なんで理解しようとしない?と責める言葉ばかり。 でも子どもって、と言うより人はそれぞれ違って当たり前なんですよね。 あたしはそんな子ども達に親にしてもらい、共に学び、共に悩み、共に笑い、共に成長していくこと。 基本的な事を忘れてました。 この記事に巡り会ったのもきっと理由かあったから。 今のあたしに色々と気付けって意味があったんだろうな、と思いました。 読んでて涙が止まりませんでした。 今の時代、巷では何でも障害って言葉で一括りにして片付けようとする傾向がある。 でも決して障害じゃないんです。 それぞれが持って生まれた個性なんです。 それだけは以前から変わらず、そしてこれからも変えることなく生きていきたいです。 この記事を読み、ふと思い出した出来事があるので投稿させてください。 その時、ある区役所に用事を済ませるまでの待ち時間でした。 若い女性が小さな赤ちゃんを抱いて、目の前に座りました。 数分後、その若い女性に対して心無い言葉を沢山かけた年配の方がいました。 見ているこちらが辛くなり、その年配の方が去った後で赤ちゃんを抱いて俯いていた女性に、思い切って声をかけました。 「赤ちゃん可愛いですね、近くで赤ちゃん見るのが初めてなんです。 私には子供がいないので…」と。 初めは不安そうな顔をしていたその女性に笑顔になってほしくて、勇気を出して最後に言いました。 「お母さん、頑張ってね!」と。 お互い泣きそうになりながら、笑顔で別れました。 とても感動しました。 私の娘はいま6歳で来年支援学校に入ります。 重度の自閉症、知的障害で意思疎通も難しく、奇声や暴れたりとても周りの目線が怖くて下を向いています。 オムツもはずれず電車も乗れず体もどんどん大きくなり、パニックや暴れるのでいろいろ極限状態で、とても辛いときがあります。 その時このサイトに出逢い考え方が変わり、家族にも見せて家族もこんなに大変だったのかと、理解してくれるようになりました。 今月どうしても電車と新幹線に乗らなければならなくて、抱っこ紐を買いました。 障害って、誰でもなる可能性は、あるんですよね。 それを健常とか障害という言葉で分けるのはいつも不自然だなぁと思うことがあります。 ここでの自閉症スペクトラムに関しては、本当に軽度のものから重度のものまでありますけど、周りの人の認識というか理解は、まだまだだと思う。 また、親子さんも様々で病気と諦めてしまっている人もいれば、なんとかしてあげたいと思っていろいろトライしている人もいます。 医師も専門医も少なく、また、本人や家族のメンタルケアをしてくる機関も少なくないのが現状だと思います。 学校の先生の中でもまだ、理解が薄く教育現場の対応もなかなか上手くいっていないのも現状あると感じます。 自閉症スペクトラムであっても、すごく知識豊富な子もいるし、早期に細やかな取り組みをされている子は、社会的にも活躍もしています。 どちらかと言えば、日本は、分ける社会で、それをなくさないとなかなか障害を持つ人は生きにくい。 社会全体でも考える必要があると思います。 自閉症スペクトラムに限ることなくです。

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障害によってまたそれぞれ症状が変わってきますが、だいたいこのような特徴が3歳頃までに現れるとされているようです。 こうやって特徴を書き出してみると、 息子はすべての項目にあてはまっています…。 3歳児健診で指摘をされたことがきっかけ 1歳で歩き出したころに、 ずっとつま先立ちで歩いていることが気になっていました。 なんか他の子供たちと違う…。 そんな違和感を感じていましたが、その時は発達障害なんてこともよくわからなかったし、自分の子供が発達障害なわけがない、そうであってほしくないという思いからか、気にしないように気にしないように育児を続けていました。 言葉がでるのもすごく遅かったです。 指さしは全くしませんでした。 1歳半頃は単語がいくつか出ていたこともあり、気になることもありませんでしたが、2歳を過ぎた頃でも2語文がでることがなく、しっかりと2語で話すようになったのは3歳になってからだったと思います。 そして3歳児健診を受けてから うちの子やっぱり普通じゃないのかもしれない。 と自分で受け止められるようになり、発達障害と向き合いはじめることになります。 そして小学校入学までは保育園に行きながら、週1回療育施設へ通いました。 現在小学校では、特別支援学級で頑張っています。 療育でやってきたことの内容や、特別支援学級でのことや、育児で大変なことなど、また少しずつ書いていきたいと思います。 つらくて大変な事ばかりじゃない! うちの子自閉症なんです。 というと、なんだかすごく毎日大変そうな感じにとられてしまうかもしれませんが、今のところは、きっと人が考えているほど大変な思いはしていません。 もちろん自分が今まで思っていた子育てというイメージとは違った子育てになっています。 もしかしたら、これからもっと大変なことが待ち受けているのかもしれません。 でも子供も一人の人間で、どんどん体も心も成長していきます。 他の子供たちより成長が遅かったり、普通にみんなが出来ることが出来なったりすることが多い分、少しでも出来たり頑張れたことが、普通の倍以上の喜びと感動を与えてくれています。 子育てに正解なんてないと思っています。 子供と一緒に親も成長していかなかればいけないのです。 こうやって大丈夫です!というような書き方をしていますが、 苦しくてつらくて泣いてしまいたい時もたくさんあります。 そんな今までの子供の成長や自分の気持ちなど、これから書いていこうと思っています。 子育ては大変と感じていたり、自分の子は発達障害じゃないだろうか?と心配に思っている人にも読んでもらって、考えるきっかけになってもらえると嬉しいです。

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自閉症の子どもの接し方は?子育ての困難と対処法まとめ(2016年12月11日)|ウーマンエキサイト(1/9)

自閉症 小学生 子育て

自閉症スペクトラムとは、従来、自閉症、高機能自閉症、アスペルガー症候群などと呼ばれていたものを、1つの障害として考えるためにつけられた名称です。 では、自閉症スペクトラムにはどのような特徴があり、家庭や学校ではどのように対応するべきなのでしょうか? 今回は小児科の医師で、長年、発達障害の子どもたちの医療に携わっている榊原洋一さんにお話をうかがいました。 自閉症スペクトラムの3つの特性 自閉症やアスペルガーという言葉は聞いたことがありますが、「自閉症スペクトラム」は耳慣れない言葉ですね。 自閉症スペクトラムとは、どういう意味ですか? 自閉症スペクトラムとは、発達障害の分類の1つで、スペクトラムとは「連続体」という意味です。 典型的な自閉症の特徴が全部そろっていなくても、それに似たいくつかの症状がある場合、「広く1つの障害としてとらえよう」という動きがあり、自閉症、高機能自閉症、アスペルガー症候群などと呼ばれてきた障害が、現在は自閉症スペクトラムと呼ばれています。 典型的な自閉症の特徴とは、どんなものですか? そもそも子どもの自閉症は、1943年にアメリカ人医師のレオ・カナーによって、初めて報告されました。 定型的な発達では3歳ころからだんだん話せるようになりますが、自閉症のお子さんの場合は全く発語がないこともあります。 特に保育園や幼稚園、学校などに通うようになると集団行動する場面が増えますが、その場の雰囲気や全体に出された指示が理解できないので、集団に入っていけず1人だけ浮いてしまうということがあります。 感覚過敏で一番多いのは、音に対する過敏です。 大きな音がすると耐えられないほど不快に感じることがあり、大声を出してしまったり、その場から逃げてしまったりということがあります。 独特のこだわりというのは、その程度や対象が一般的なお子さんとはすこし違うんですね。 たとえば、ミニカーばかりで遊ぶというのはどんなお子さんでもありますが、自閉症のお子さんの場合、きっちり並べないと気がすまないとか、ミニカーのタイヤだけに興味があるとか、対象がやや変わっているということがあります。 では、「自閉症スペクトラム」と言う場合はいかがですか? 自閉症スペクトラムとは、今言った3つの典型的な症状がすべてそろわなくても、それに似た症状がある場合を指します。 たとえば、アスペルガー症候群という名称はみなさんも聞いたことがあると思いますが、これも自閉症スペクトラムの分類の1つです。 アスペルガー症候群とは、自閉症の3つの典型的な症状のうち、言葉の遅れはないものの、人の気持ちを理解できない、対人関係につまずきがある、それから独特の強いこだわりがある、あるいはなんらかの感覚過敏がある。 これがアスペルガー症候群と呼ばれてきたタイプで、現在は自閉症スペクトラムの1つのタイプと考えられています。 自閉症とアスペルガー症候群は違うものというイメージでしたが、主な症状から考えると確かに同じ障害の仲間だとわかりやすいですね。 さきほど言ったような3つの典型的な症状は、幼少期からみられるものですが、成長するにしたがって大きく2つに分かれるという見解があります。 1つは、言葉の遅れがずっと続くタイプです。 知識というのは言葉で覚えていくものですから、言葉が使えないということは、知的な発達にも遅れが出ます。 自閉症スペクトラムのなかのお子さんは、程度に重い軽いの差はありますが、知的障害を伴います。 自閉症スペクトラムのなかでも、典型的な自閉症と言えるタイプですね。 そうです。 残り2~3割の子どもは、言葉がある程度出てきて、知的な遅れがない、今まではアスペルガー症候群や高機能自閉症と呼ばれてきたタイプです。 はっきりとした境目をつけるのは難しいところもありますが、定義上、最初は言葉の遅れがあったけれどだんだんと追いついてきた場合を高機能自閉症と言います。 一方のアスペルガー症候群は、言葉の遅れがない、むしろ言語能力が高いためにIQが高いこともあるタイプです。 これらのタイプは、言葉の遅れは目立ちませんが、対人関係につまずきがあり、独特のこだわりや過敏症があるという、自閉症スペクトラムの主な特徴があります。 言葉の遅れは目立たないけれど、典型的な自閉症の症状があるタイプもあるんですね。 自閉症スペクトラムの中核的な症状は、対人関係の障害と言えます。 人とかかわることがうまくできない障害とイメージすると、わかりやすいのではないかと思います。 診断の基準とは? どんな機関に相談するべき? うちの子が自閉症や自閉症スペクトラムかもしれない、などと感じたときにチェックできるリストのようなものはありますか? たとえば、肺炎や糖尿病を疑った場合には、血液検査やレントゲンなどの臨床検査をすることで医師が診断をしますね。 ところが、精神的な疾患や発達障害の場合にはこうした検査では診断がつきません。 たとえば、うつ病は血液検査ではうつ病かどうかはわかりませんね。 では医師はどうやって見立てをするかというと、その人の症状から見立てるしかありません。 自閉症スペクトラムかどうかをチェックする時には、基本的に、保育園・幼稚園や学校などの集団の場面でどのように過ごしてきたかを、保護者や先生に聞くことで経過をみていきます。 対人関係に難しさがあるのが自閉症スペクトラムのお子さんの特徴ということですから、学校などの社会的な場面での様子をチェックするんですね。 そのとおりです。 ほんの一例ですが、具体的には以下のような特徴がみられます。 ・勉強はできるが友だちとの接触がない。 ・集団で行動する場面で1人だけ浮いてしまう。 ・授業中はおしゃべりしないなど、暗黙のルールがわからない。 ・お子さん同士で遊ぶときの遊びのルールが理解できない。 ・特定の音が苦手で大きな声を出したり、逃げたりすることがある。 ・独特のこだわりがあり、急な予定の変更やルールの変更に対応できない。 なるほど、特徴的な症状についてはイメージできてきたと思います。 ここに挙げられたような症状が出る原因について、わかっていることはあるのでしょうか? 脳科学の研究によって、あることをしたときに脳のどの部分を使っているかがある程度わかるようになってきています。 自閉症スペクトラムのお子さんたちに共通して言えるのが、人の顔の表情を見る部位や、人の気持ちを理解する部位、さらに自分の感情をコントロールする部位などで、機能の低下がみられるということです。 脳の機能の障害となんらかの関連があると言われているんですね。 ADHD 注意欠陥多動性障害 や学習障害 LD などの発達障害も、生まれつきの障害であると聞きますけれど、自閉症スペクトラムでも同じことが言えるんですね。 ほかにも、おそらく20以上の遺伝子の組み合わせによって、さきほど挙げたような脳の機能が十分に伸びない状態であるということがわかっています。 さらに言えば、自閉症のお子さんがいる家庭の家系をさかのぼると、自閉症の人がいない家庭に比べて、自閉症のお子さんがいることが多いことがわかっています。 きょうだいのあいだでの発症率に注目すると、二卵性双生児では二人とも自閉症スペクトラムを発症する確率は5~10%です。 ところが、一卵性双生児では二人とも発症する率は40~98%と高くなります。 このことからも、自閉症スペクトラムを発症する原因は、育てられ方や家庭の環境にあるのではなく、遺伝子とのかかわりが深い生まれつきのものであるということがわかります。 自閉症スペクトラムのお子さんは、全国にどのくらいいるんでしょうか? 自閉症スペクトラムは発達障害の1つです。 代表的な発達障害にはほかに、注意力の不足や多動性・衝動性を伴うADHD 注意欠陥多動性障害 や、読む・書く・計算するなどに困難がある学習障害 LD があります。 専門家のあいだでは自閉症スペクトラムの人は、大人もお子さんも含めて全人口のおよそ1. 5%と推測されています。 またADHD 注意欠陥多動性障害 は約4~5%、学習障害 LD は約3%と言われています。 自閉症スペクトラムの割合が少なく感じるかもしれませんが、決して少ない数ではありません。 5%では1万人以上になる割合ですね。 日本全体でみると1学年に1万人以上ですか。 それは確かに多いですね。 では、子どもの自閉症スペクトラムについて相談したいときは、どんな相談先がありますか? 専門的な診断・治療を受けるのに最適な診療科は、小児神経科や児童精神科です。 最近では、発達障害の専門外来がある病院も増えています。 こうした診療科が自宅の近くにない場合は、かかりつけの小児科に相談してみるのも1つの方法です。 必要がある場合には専門医を紹介してもらえるでしょう。 精神科と聞くと敷居が高く感じる人もいるかもしれませんね。 その場合は、自治体の保健福祉センターや子育て支援センターといった身近な相談窓口を利用するのもいいでしょう。 育児の悩みから、自閉症スペクトラムの疑いを感じた時には、専門的な医療機関を紹介してくれることもあります。 自閉症スペクトラムは、治療によって治るものなんですか? 薬や手術、訓練によって完全に治るものではありません。 その人が生涯付き合う特性と考えたほうがいいでしょう。 ただし完治はしませんが、適切な支援を受けることができれば、本人が抱える生活面での難しさや、社会的な生きづらさは軽減することができます。 お子さんについて違和感を覚えることがあれば、できるだけ早くだれかに相談することが大切です。 家庭や学校で気をつけたいことは? 自閉症スペクトラムの特徴について、ここまでは幼児期の症状を中心にお聞きしましたが、特に中高生について行動傾向や特徴に違いはありますか? 言葉の遅れや知的な遅れがある、自閉症スペクトラムの7~8割にあたる典型的な自閉症である場合は、現状の日本では普通級にいることがなかなか難しいです。 そのため、特別支援学校や特別支援学級に通うお子さんがほとんどです。 ですので、中学校や高校に通っているお子さんは、知的な発達が正常範囲にある残りの2~3割の高機能自閉症やアスペルガー症候群のお子さんであると考えてお話します。 自閉症スペクトラムに分類されるような障害があっても、子どもというのはさまざまな経験を通して、対人的なコミュニケーションを含めて苦手なりに学習していきます。 ですから、幼児に比べれば中高生のほうが、自分にはどんな特徴があるかということを理解しています。 周囲と自分の違いがわかるんですね。 そう考えるといいことのように思えますが? 一見いいことのように思えますが、マイナスに働くこともあるんです。 1つは非常にひっこみ思案で、集団に入ることを避ける傾向が出ることがあります。 中学生、高校生の年ごろのお子さんたちは、俗な言葉で言うと「いじり合う」ことを好みます。 自閉症スペクトラムの子どもたちは経験的に学習して、同級生と楽しく会話することもできるけれど、そうしたコミュニケーションが難しく、1人でいることを好むことも多くあります。 もう1つ、中高生くらいの年ごろで多いのは、「被害念慮 ひがいねんりょ 」と言われる傾向です。 対人的なコミュニケーションに難しさがありますから、1人浮いてしまったり、仲間外れにされたりすることで、「どうして自分は理解されないんだろう」と悩んだり、「まわりからいつも自分が批判されている」と感じて落ち込んでしまったりすることが多い、ということが言われています。 こうしたお子さんたちが学校に通う上でストレスになることには、ほかにどんなことがありますか? まず言えるのは、相手の気持ちを理解しなければいけないような活動は嫌がるということです。 たとえば、大人数での一斉授業は集中して聞くことができます。 逆に、少人数でのグループ学習は、グループのあいだでの意思疎通が必要になるので、どちらかというと苦手とします。 それから、急な予定の変化に弱いのも特徴の1つです。 自閉症スペクトラムの特徴の1つである強いこだわりから、一度決めた手順ややり方にこだわりを持ち、状況によって変えることが苦手な傾向があります。 たとえば、「次の授業は数学の予定でしたが、急きょ、体育にします」と言われると、どう対応していいかわからなくなってしまいます。 また、時間の観念がうまくとれない傾向があるために活動を途中でやめたり、急に始めたりすることが苦手です。 ですから、急に「はい、ここでやめましょう」と言われても納得できないことがあります。 さらに、比喩や反語、疑問形を入れたようなあいまいな指示の出し方をされると、理解することができません。 「あなたがいいと思うところまでやりなさい」「もうすこしがんばって」。 こうした指示では「もうすこしって、どのくらい?」とまじめに考えて混乱してしまうんですね。 家庭のなかで困りがちなことはどんなことでしょうか? 家庭では保護者もお子さんの特性や対応のしかたを知っていますから、学校に比べてストレスは少ないです。 ただ家庭のなかでも、予定の変化に弱いので、できるだけ毎日朝起きてから夜寝るまでを「〇時〇分に起きる。 〇分に顔を洗う。 〇分に食事をする」というように、規則正しいスケジュールを組んであげると本人は楽でしょう。 また場所の変化にも不安を感じる傾向があるので、「顔を洗うのはここ」「着替えはここ」「勉強するときはここ」というように決めておきます。 こうした時間や場所のルールは、紙などに書いて貼りだしたり、本人にメモをもたせたりすることで、よりわかりやすくなります。 これは時間や場所の「構造化」と呼ばれる方法です。 学校で感じがちなストレスも同じように対応できそうですね。 そうですね。 学校でもできるだけ時間や場所を構造化すると本人が楽に過ごすことができるでしょう。 1日のスケジュールはなるべく時間割どおりに、予定の変更があるときはできるだけ時間に余裕を持って、変更があることを伝えます。 教室を移動するようなときも「空いている席に座りなさい」というのは難しいので、「何番の席を使います」と伝えたいところです。 それから、指示を出すときはあいまいな表現は使わず「何ページまで」「何分まで」と、できるだけ明示的な指示を出すことが望ましいです。 また全体への指示はとおりにくいということも気をつけたい点です。 「このプリントを4時までやってください」という全体への指示を自閉症スペクトラムのお子さんは理解できません。 ですから、一対一で対面して「〇〇くん、4時までやろうね」と言ってあげることが必要です。 さらに聴覚的な刺激が入りにくい傾向があるので、視覚的な指示を併用するといいということもよく言われます。 視覚的にわかるように「終了15分前です」「最後まで答えを書いてください」といった指示をカードに書いて見せることで、よりスムーズに指示を理解することにつながります。 そのほかに、少人数での共同作業はできるだけ減らし、一人でやれる課題を増やすということもストレスを軽減させるのに効果的です。 急にやめたり始めたりするのが苦手なことに対応するには、残り時間に印が表示されるタイマーなどを活用するのもいいでしょう。 発達障害のお子さんは対応も難しいのではないかという印象でしたが、いろいろな方法があるんですね。 特性を知って適切な対応をすることが大切なんだとわかりました! 特別支援学校に行くべき? 日本のインクルーシブ教育の課題 さきほど、典型的な自閉症のお子さんは特別支援学校や特別支援学級へ行くことが多いというお話がありましたが、そうした学校や学級へ通わせる基準はあるのでしょうか? まず、自閉症スペクトラムのお子さんが学校に通うにあたっての課題は、大きく分けて3つあります。 1つ目は、学業の面です。 言葉の遅れや知的な遅れがない場合でも、たとえば、「このときの作者の気持ちを述べよ」といった国語の課題などは、人の気持ちを理解することが難しい自閉症スペクトラムのお子さんにとって非常に難しいものです。 2つ目は社会性の低さです。 集団のなかで共有するような雰囲気やルールがわからないので、1つ1つ明示的に教える必要があり、まわりの人からの適切な支援が求められます。 3つ目は感情の不安定さです。 特定の聴覚的な刺激などで急に落ち着かなくなったり、パニックになったりすることもあります。 こうした課題から考えると、まず学校の授業の内容がある程度、理解できるかどうかということが1つの大きな基準です。 また勉強はできても、パニックになる場面が多くて席に座っていられない場合は、より専門的な対応が望める特別支援学級に行くことが多いと思います。 1人ひとりのお子さんの状態を見て対応しているということでしょうか? はい、実は一定の基準というのはないんです。 ただ、世界的にはインクルーシブ教育を進めようという動きが活発になっています。 インクルーシブ教育とは、障害のあるお子さんも、障害のないお子さんと同じ教室や学校で、ともに教育を受けるという意味です。 なぜインクルーシブ教育がいいのかお話しします。 まず同年代の子どもたちには、嫌がったり悪い態度をとったりする子もいれば、逆にサポートする子などいろんなタイプのお子さんがいるでしょう。 そのなかにいることで、自閉症スペクトラムのような障害を持つお子さんのコミュニケーションスキルがよく伸びることが、経験的にわかっているからです。 世界的な動きとは逆に、日本では特別支援学校や特別支援学級に通うお子さんが増えています。 私はこうした現状は、先生方だけの責任ではなく、国全体として体制を再検討するべき課題だと考えています。 ここまで先生のお話をうかがって、自閉症スペクトラムという障害があっても、適切なサポートがあれば学校や、あるいは塾にも通えると感じました。 たとえば、イタリアではインクルーシブ教育の考え方のもとに、特別支援学校は廃止されています。 普通級のなかで、障害のあるお子さんたちにどのように教えていくかということが、日本ではこれからの大きな課題です。 得意なことを見極めて、進学や就職を考えよう うちの子が自閉症スペクトラムとわかったら、まず心配になるのが進学や就職のことではないかと思います。 その点はいかがでしょうか? アスペルガー症候群のように、知的な遅れが目立たない場合には、高校受験や大学受験も可能ですし、むしろいい成績をとる人もいます。 というのも、自閉症スペクトラムの人の特性として、比較的得意な科目と苦手な科目が分かれるんですね。 どんな科目が得意なんですか? 自閉症スペクトラムの人は、実は計算や暗記が得意なんです。 ですから、理科や算数は比較的入りやすい科目と言えます。 いわゆる理系の科目ですね。 理系は事実がすべてなので、方程式を覚えたり、計算をしたりということは、あまり苦になりません。 国語でも漢字を覚えたりするのは得意なんですよ。 社会では、地名や史実を覚えるのは得意ですが、社会の仕組みを理解したりするのは、すこし難しいかもしれません。 もっとも苦手なのは、国語の長文読解のような課題です。 「作者の意図はどれか」「この段落でなにを言おうとしているか」といった問いは、人の気持ちを考える問題ですから、自閉症スペクトラムのお子さんにとって非常に難しいものになります。 自閉症スペクトラムのお子さんのなかには、いわゆるギフテッドと呼ばれるような、特殊な才能を持ったお子さんもいるとよく言われますね。 サヴァン症候群とも呼ばれる人たちですね。 音楽や絵画で並外れた才能を持っているお子さんもなかにはいます。 いずれにせよ、自閉症スペクトラムのお子さんに対して周囲の人は、得意なことは一生懸命にほめてやらせてあげること、反対に苦手なことは無理強いしないということが原則です。 苦手な科目を無理にやらせると、勉強や学校自体がきらいになって、不登校になってしまうということもありえます。 得意なことを伸ばしてあげる姿勢が大切なんですね。 では、就職についてはいかがでしょうか? 自閉症スペクトラムの中高生が将来の職業を考える時には、特性に適した職業を選ぶということが大切です。 たとえば、接客業のように人に対面して、相手の気持ちをみて判断しなければいけないような職業は向いていません。 営業職なども同じですね。 逆に人に会う機会の少ない、経理などコンピューターで管理することが多い職種のほうがより向いていると言えます。 理系の科目も得意ですから、医師免許をとれるくらい勉強ができるお子さんもいます。 私が医局長をやっていたときの後輩にもアスペルガー症候群と思われる人がいました。 勉強はできますが、どこへ行っても対人関係がうまくいかないんです。 患者さんと意思疎通がとれない、看護師さんともうまくやっていけない。 そこで、「臨床よりも基礎が向いているよ。 DNAの研究をしなさい」とすすめるわけです。 あるいは、私が診てきたアスペルガー症候群のお子さんで、高校を卒業して仕事を探したんですが、社会性の認知が非常に低いタイプで、やはり人間関係をうまく築けなかったんですね。 最終的に大きな大学の施設課、つまり設備や備品の管理をする仕事に就いてうまくやっているそうです。 このように、人になるべく会わずに、モノやコンピューターを扱う仕事がより向いていると思います。 どんな人にも適職があると思いますが、自閉症スペクトラムのお子さんの場合は、障害の特性も考えてサポートしてあげられるといいですね。 日本では自閉症スペクトラムの人たちのサポート体制に、まだまだ遅れている部分が多いと思いますが、障害のあるお子さんの保護者にも、そうでない人にも、より理解が広まってほしいですね。 社会全体として理解が深まってくことで、サポート体制の充実につながっていくと期待します。 東京大学医学部卒業、小児科医。 東京大学医学部講師、東京大学医学部附属病院小児科医長、お茶の水女子大学理事・副理事を経て、現在、お茶の水女子大学名誉教授。 専門は発達神経学、神経生化学。 特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の子どもの臨床研究を通して支援を続けている。 著書に『アスペルガー症候群と学習障害』 講談社 、『発達障害のある子のサポートブック』 学研プラス 、『図解よくわかるADHD』、『図解よくわかる発達障害の子どもたち』、『最新図解発達障害の子どもたちをサポートする本』 すべてナツメ社 など。 不登校のきっかけのひとつに、学校での友人関係が挙げられます。 人間関係は大人でも難しいことがありますが、中学生にとってはより複雑な問題です。 不登校のお子さんの交友関係について考えてみましょう。 「不登... とある街の商店街にいつの頃からか喫茶店を開いていたが、地元の人間ではない。 かつてカリスマ講師として塾・予備校業界では有名だったようで、主婦たちの子どもの学習に関する相談にいつも的確なアドバイスを返している。 なぜ彼が講師をやめて喫茶店を開いたのか、そういった過去については積極的に話そうとしない。 時おり店にかかってくる電話、予告なく訪れる休業日などから察するには、常連でもわからない事情があるようだ…。 物静かな四堂とは対照的な、まさに「陽気」という表現がピッタリの女性。 子どもはすでに大学生で、時間的にも余裕があるので、喫茶店でパートを始めたらしい。 どうやらマスターの事情について把握しているようなのだが…。 美香 中学生の男の子2人兄弟の母。 さっぱりした性格で、2人の兄弟には自由に育ってほしいと思っている。 運動部に所属する2人の応援でいつも忙しくしているが、部活動中心の生活を送る2人の成績に少し不安を覚え始めている。 優子 中高一貫校の私立中学校に通う一人娘を持つ母親。 私立中学校ならではの勉強スピードに娘がついていけるかどうか心配している。 理恵 中学1年生の女の子と小学5年生の男の子を持つ母。 教育熱心で、本当は上の娘を私立中学に入れたかったが、残念ながら叶わず。 高校こそ、有名私立校に入れたいと思っており、情報収集に余念がない。

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