青色 発光 ダイオード で ノーベル 賞 を 受賞 した の は。 ノーベル賞受賞について。青色発光ダイオードは赤崎勇さん、天野浩さんに...

ノーベル賞に輝いた青色発光ダイオード開発とその後(大川和宏 氏)│伊藤塾「明日の法律家講座」レポート

青色 発光 ダイオード で ノーベル 賞 を 受賞 した の は

念のため、「物理学上」が鍵です。 たとえば、インターネットの隆盛は 間違いなくそれ以上の影響を与えていましょうが、それは明らかに 「物理学」ではありません。 GPSも、あるいは計算機 コンピューター の進化も、 工学の成果であって、物理学ではありません。 もっとも、青色発光ダイオードの開発が物理学と言えるかどうか、 という疑問の声は聞きました。 確かに化学や工学と重なる部分なので、それは一理あると思います。 以下、背景と僕の聞き知るところをちょっと解説します。 発光ダイオード LED とノーベル賞 まず発光ダイオード LED は、半導体の一種で、端的には、電流を流すことで 発光する性質があります。 1990年代初めまで、実用化されていたのは、 端的には赤色発光ダイオードのみでした。 緑が何とか可能、というレベル。 そこで、世界中で数多くの研究者が、青色発光ダイオードの開発に 血道を上げていました。 なぜ、青色発光ダイオードがそれほど重要だったのでしょう? ノーベル財団の受賞者決定の記者発表がそれを端的に言い表しています。 曰く、 the 21st century will be lit by LED lamps 「21世紀はLEDの光によって照らされるだろう」 詩的! な文章にして、正鵠を射ています。 今、家庭や建物の光源から、信号や車のヘッドランプまで、LED全盛です。 これは、白色発光ダイオードができたからこそ可能になった話です。 また、特に発展途上国で電力が限られる場所では、LEDによって 初めて光が灯されたところが少なくないと聞きますし、今後も増加の 一途を辿る事は確実です。 LEDと旧来の照明器具の比較 その昔、いわゆる白熱電球しか無かった時代から、 特に日本では 蛍光灯への転換が急速に進みました。 理由は単純で、蛍光灯の方が はるかに効率がよく、つまり明るさあたりにして電気代がかからず、 また寿命がはるかに長いからです。 蛍光灯の方が点灯に若干時間が かかる欠点を割引いて余りあります。 LEDは、蛍光灯に比べても、 効率も寿命も優れています。 だから、LEDが加速度的に使われるように なってきているのは当然です。 ただし、2014年現在で、最高性能の蛍光灯は良質の LED並のエネルギー効率を達成しています。 LEDは今も年々急速に進化している一方、 蛍光灯は限界性能に近づいているようなので、 今後は差が開いていくと予想されます。 加えて、LEDは、蛍光灯のように点灯に時間がかかる事も無く、 また発光体の単位面積あたりにして高光量を達成できます。 信号機や車のランプに蛍光灯が使われる事は考えられません でしたが、LEDならば可能、いや従来の電球よりも ずっと 優れています。 たとえば信号機であれば、電球が切れて 信号がつかないという事故も激減し、定期点検にかかる 費用も電気代も桁で削減でき、加えて明るい、と好い事づくめです。 さらに、電球や蛍光灯に比べて対衝撃性は遥かに優れています。 端的には、外側からの衝撃で簡単には破壊されません。 また、破壊された時の環境汚染も優れています。 特に蛍光灯の 場合は、水銀による汚染が問題になります。 例えば蛍光灯を割った 子供は、水銀汚染に晒されます。 僕は、2000年に、ペツル社が初めて世に出した白色LEDの ヘッドランプを山用に購入しました。 当時まだ相対的に高価でしたが、 旧来のヘッドランプとは比較にならず、大いに満足でした。 実際、山仲間の羨望を集め、一人また一人と LEDヘッドランプに 移行して行ったものでした。 低価格化と技術革新が進んだ今現在では、 山屋で LED以外のヘッドランプを購入する事はほぼ考えられない 状況になっています。 およそ勝る点がないので。 なお、LEDの方が、蛍光灯に比べて製造するのは大変なので、 製造から使用、廃棄 ゴミ処理 まで全てを考慮したライフサイクル アセスメント LCA で環境負荷を考えた時に、たとえば家庭用一般光源と して蛍光灯に勝るかどうかは、一概には言えない、と理解しています。 信号機や電力が限られる地域など特定の目的ならば LEDの優位に 疑いはありませんが。 照明器具のエネルギー効率性の直感的理解 この高効率性は、エネルギー収支として直感的に感じられます。 従来の電球はとっても熱くなりますよね? 端的には、光っている 電球に手を触れると火傷します。 蛍光灯はそれよりずっとましですが、 それでも明るい蛍光灯の周りはやっぱり温かくなるのが感じられます。 一方、LEDは、ほとんど温度が変わりません 白色LEDは多少 発熱しますが、それでも蛍光灯よりはずっと冷たいです。 電力とはエネルギーであり、エネルギーを消費するのは、基本的には 光か熱か音か運動でしかありません。 電球も蛍光灯もLEDも、音も発し なければ運動もしない 動かない ので、要は、熱を発すれば発する程、 それは 光を発する目的に 非効率、ということを意味します。 逆に言えば、昔の三畳一間で凍える冬の夜に電球を灯して暖を取る、 という目的であれば、LEDは最悪ということになりますね。 青色LEDと白色LEDとノーベル賞 この現代全盛で、今後も拡大の一途を辿るに違いない白色LED ですが、その開発は、青色LEDの開発成功無しでは不可能でした。 1980年代半ばまでに赤色LEDも 疑似 緑色LEDも開発されていましたが、 青色LEDだけは残された課題でした。 当時、世界中で数多の研究者が 青色LED開発に血道を上げるも、誰も成功できず、一時は、ひょっと したら原理的に無理なのではないか、という悲観論も出ていたほどです。 それに革命を起こし、青色LED開発に成功したのが、今回ノーベル物理学賞 受賞の三人です。 現代の社会に与えた直接的影響を考えれば、その功績が ノーベル賞に値することは疑いないでしょう。 白色LED あるいはそれと等価なもの には二、三の型がありますが、 いずれも、青色LED無しには、白色を達成するのは不可能です。 なぜでしょう? まず、ちょうどテレビのブラウン管のように光の三原色で白色を実現する ためには、赤、緑の発光体 発光ダイオード に加えて、青色が必然です。 一方、現実的に日用品として市場に出回っているる型のほとんどは、 蛍光によって白色を発光する型です。 そのためには、原理的に、 その大元の光源として青色 または紫外線 の発光体が不可欠です。 端的には、白色LEDとは、青色LEDにフィルターをかけたようなもの、 というわけです。 だからこそ、青色LEDは白色LEDの開発に不可欠なのでした。 興味のある方は、末尾の 「」 の章をご覧になってみて下さい。 もう少し原理に立入って解説しています。 青色LEDの応用 青色LEDは、白色LEDの不可欠な裏役として照明器具に大活躍していますが、 青色LEDの開発意義はそれだけに留まりません。 LEDの光は一般に単色、つまり波長が揃っているため、それを利用して 高強度の半導体レーザーを作成することが原理的に可能で、実際、 広く作られています。 これら 半導体 レーザーは、コンピューターの心臓部である 超 集積回路を製造する際のエッチングに不可欠です。 集積回路の速度およびエネルギー効率 電力消費量 は、どれだけ 微細に作られるか、つまりどれだけ狭い空間内に電子回路を密集させ られるか、で決まります 無論、それだけではないにせよ。 その際、その理論的な限界精度は、エッチングに使われる光 レーザー の 波長に左右されます。 赤色と青色とでは 2倍近く異なってきて、 青色の方が断然有利です。 紫外線であれば、それ以上です。 ご存知のように、コンピューターの速度は毎年のように向上し続けて いますし 「ムーアの法則」として有名です 、現代の文明社会は コンピューター無しでは一日も回りません。 スマートフォンのように、20年前では想像もできなかったほど 小型で高性能で、電力消費量の低い、つまりバッテリーでも 長時間持続使用できるものが、一般消費者の手が届く価格で 提供されるようになっています。 その技術向上において、青色 や、その上位にある紫外線 半導体レーザーが 切開いた世界は大変大きなインパクトがあったことでしょう。 端的には、赤色に比べて、理論的限界値が倍増したわけですから。 ただし、一般に「有名」であることが、その成果の科学的意義が 大きいことを意味するわけではありません! 実際、研究成果的には、 赤崎・天野氏の意義の方が大きいのでは、という声も聞きました。 当時、中村さんは徳島の日亜化学の社員で研究者でした。 学会の潮流と しては無理筋と思われていた方向性で一匹狼的に研究を進めていたそうです。 日亜化学のグループが、というより、中村修二が、という印象だった 記憶があります。 結果的に、それで青色LED開発の成功に導いたので、 業界をあっと言わせたように聞きました。 世間に出回り始めた当初、青色LED手に入れたぜ、 と同僚が自慢げに見せびらかしていたのを思い出します。 青色LEDの有用性は当時から明らかでしたし、一番乗りに成功した 日亜化学は当然、大儲けすることになりました。 四国の片田舎の 一会社から世界的な企業へと成長しました。 徳島の道路の 信号は、全国に先駆けてLEDに次々に新調されていったとか。 日亜化学は、原動力の中村修二さんに、その功績にボーナスを出しました。 1万円の 2万円とも聞きましたが。 氏としてはそれではさすがに面白くなかったでしょうね。 そのうちカリフォルニア大学の招きに応じて教授として就任し、 やがて日亜化学を相手取って氏が日亜化学時代に取った青色LED関連特許に 対して正当な対価を支払うことを求めて訴訟を起こしました 404特許訴訟。 一審判決では日亜化学側の敗訴で、氏に対して 200億円の支払いが命じられました。 控訴した二審で、日亜化学側が 8億4000万円を支払うことで和解が成立しました。 今回、氏は晴れて、ノーベル賞を受賞しました。 氏はすでに米国籍を 取得しているため、日本国籍ではないはずです 米国では二重国籍が 認められるが、日本では認められないため。 だから、今回の「快挙」は 日本人によるものとは見なされないことになりますね。 2008年の南部陽一郎氏と同様に。 南部さんの場合は、素粒子物理学なので、加速器に大金をつぎこめる 経済力のあった米国に渡米するのはよく分かります。 特にその昔は。 一方、半導体物理の場合、それこそ江崎玲於奈 1973年ノーベル物理学賞 をはじめ、伝統的に日本が強い分野ですし、実際、今回同時受賞の 赤崎・天野両氏は日本で研究なさってきました。 中村さんの研究成果が凄いものだったことは、当時でもすでに明らか でした もっとも業界の噂以上の話は存じないので、個人的には とても断言するだけの根拠はありませんが……。 遠くない将来、 ノーベル賞受賞が確実だと言うのは、青色LEDの意義を少しでも 知る多くの人々にとって共通認識だったでしょう。 もし日亜化学に氏を引き止めるだけの度量があれば、あるいは 日本の他の大学 私学になりましょうか が招聘するだけの器量があれば、 今や、ノーベル賞受賞者を抱するとして、大変なネームバリューに なったことでしょうに。 勿論、それだけでなく、氏ほどの天才は カリフォルニア大でも引続き画期的な発見をした、と聞きます。 カリフォルニア大がどういう契約条件で氏を招いたのかは 存じませんが、随分と安い買い物になりましたね。 中村さんほど常識の枠に囚われない天才を抱することは日本では 難しいんでしょうねぇ。 公平に言って、それはきっと誰にとっても 難しいことではありましょう。 しかし、世紀の発見に対して 1万円の報酬というのが漫画並みに事情が端的に顕われている気がします。 そして、広い日本全国見渡してさえ、受け容れられる器が無くて、 渡米する事になったのだろうなぁ、 という感想を今回改めて抱いたのでした。 2014年ノーベル物理学賞に関する四方山話でした。 曰く、 中村氏は会社内では異例の出世に年収数千万の給料まで確約されていたし、 第一、研究は会社の出資でやっていたのに何よ。 ほとんどの研究者は大したこともせずに給料だけ貰っている中、 たまたま成功したからってねっ。 僕が、日本が面白いと思うのは、抜きん出る人が出た時、同僚から、 だから他の人よりも厚遇されるべき、と応援されるのではなく、 あるいはこんな凄い奴が自分たちの仲間にいる、と誇らしく思われるのでもなく、 その方が、自分やまして階級が上の人々 上司とか社長とか よりも偉くなるのはけしからん、 として足を引っ張られることが往々にしてある、いやむしろ普通なことですね。 「出る杭は打たれる」という諺が存在してよく使われるだけのことはあるなぁって……。 そういう意味では、 中村さんほどの破天荒の天才が組織にいても、持て余すのが関の山で、 彼を特別待遇することで 社員の反感を買ってマイナス面が目につくならば、 彼を追い出して会社内に本来の階級制度に則った「 秩序」を回復させた、 現小川英治社長の経営戦略は実は正しい判断だったのかも知れません。 2014-10-11 三原色 光の三原色と絵画の三原色 ブラウン管に代表されるように、フルカラーで光を表示する ためには、三原色が必要です。 ただし、三原色には、二種類あります。 光の三原色: 赤・緑・青• 絵画における三原色: 赤・黄・青 後者の、絵画における三原色とは、 この三色の絵の具をパレットに取って混ぜる事でどの色も再現できる、 というものです。 昔、学校ではそう習いました。 ただし、本当のところは、これは正しくない、 つまり再現困難な色があるのが実情のようで、だからこそ、近来のプリンターは、 シアン 水色に近い青緑 ・マゼンタ ピンクに近い紫 ・イエロー 黄 が使われるのが普通です。 キー 通常、黒色 を加えて、CMYKと呼ばれます。 いずれにせよ、絵の具の色の混合と光の色の混合とは、話が 180度 異なります。 前者は、光が反射されたもの、つまり吸収され なかった光の色を見ているものです 「減法混合」と呼ばれます。 逆に、後者は、光自体の色を見ています 「加法混合」と呼ばれます。 だから、後者の「光の三原色」は、CMYではなく、赤・緑・青 RGB に なるものです。 次のように考えてみるといいかも知れません。 たとえば、CMYの絵の具三色を混ぜると黒色になります。 全ての 光が吸収されるからです。 そして、CMYで白色を再現することは不可能です。 白色とは、どの光も吸収されていない、 つまりどの絵の具も塗られていない状態のことですから。 一方、光の三原色 RGB を混ぜ合わせると、それは白色になります。 白色とは、全ての光を見ている状態だからです。 逆に、黒色は混合わせでは再現できません。 光が一切出ていない状況が黒色だからです。 白色LEDの原理と青色LEDの必然性 RGB 光の三原色 でフルカラーを達成しているブラウン管と同様の原理で 白色を達成するには、青色LEDが当然、不可欠です。 赤と緑を足しても 黄色にしかなりません。 黄色になるのが、絵の具から類推される直感とは異なるところ。 スタジアムなどにあるような大型LEDディスプレイはこの原理で動いている のが普通ではないかと思います。 一方、家庭用照明器具などの小型の白色LEDは、 元の光を反射して蛍光を発する事で白色を達成しています。 その際、蛍光の原理として、元の光源よりも波長の短い光を発することはできません。 これは、光子で考えると少し分かり易いかも知れません。 まず、波長が短い光とは、端的には、光子一個一個のエネルギーが 高いことを意味します。 だから、紫外線で火傷 日焼け し、それよりさらに波長が短いX線は 多く浴びればさらに深刻な被害にあう次第。 「蛍光」とは、物質の原子中の電子が光子 の全エネルギー を吸収した結果、 励起し、同電子が励起状態から 最初の 基底状態に戻る際に、 吸収して得たエネルギーと等価の光子を発する現象です。 励起状態から基底状態に戻る時に、もし一気に戻れば、吸収した光子と等価のエネルギー つまり同色 の光子を放射します。 しかし、一気に戻るとは限らなくて、 中間状態を経ることが多々あります。 たとえば、 青色の光子 エネルギー約2. 6eV を吸収した電子が、一旦、橙色の光子 エネルギー約2. 1eV を放射すれば、その電子は、その後、 基底状態に戻る際に残りのエネルギー 2. 6-2. だから、蛍光では、原理的に、 最初に受け取った光子よりも高いエネルギーの光子を放射することはありません。 厳密には、「共鳴蛍光」という現象が無くはありませんが、 例外的な現象ですし無視して結構です。 つまり、たとえば電子が元々受け取った光子が赤色 に相当するエネルギーを持つ であれば、赤色 または赤外線や電波 の光子しか出てきません。 元々受け取った光子が緑色であれば、緑色、黄色、 橙色、赤色 または赤外線や電波 の光子が出てくる可能性がありますが、 青色の光子が出てくる事はありません。 だから、青色の光子が出てくるためには、 電子が元々受け取る光子が青色 あるいはそれよりさらに 青い紫外線 であることが不可欠です。 上述したように、人間の目 の神経組織 に白色と感じられるためには、 赤、緑、青の三色が最低必要です もしくは赤から青までの連続した光が。 だから、白色LEDを実現するためには、青色LEDが必要不可欠な次第です。 なお、旧来の蛍光灯も、やっていることは、 名前の通り 似ています。 蛍光灯の場合、元の光源が、放電で発生する紫外線です。 紫外線は 青色光子よりもさらにエネルギーが高いので、可視光のどんな色でも 出せることになります。 もっとも、青色LEDが開発されて以来、その原理を 応用して、今では紫外線LEDも開発されていて、普通に入手もできますが。 余談ながら、上の白色LEDの例で赤外線の光子が放出される例が出て きましたが、赤外線は人間の目には感じられないので、その分は、 光を放射する目的にとって エネルギーが無駄遣いされていることに なります。 だから、LEDとは言え、白色LEDの場合は、相応のエネルギー 損失があります。 この赤外線が近くの物体に吸収されれば、 熱と感じられます。 小型の大光量白色LED ヘッド ランプが温かく感じられるのはそのためです。 蛍光灯よりはましとは言え。 そういう意味では、ブラウン管タイプの、そもそも蛍光を用いない LED 大型 ディスプレイは、エネルギー効率がさらに優れていることになりますね。 蛍光を使用しないため、原理的に無駄遣いが最小限なので。

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青色発光ダイオードの発明において中村修二の貢献度は何%ですか?どうも一...

青色 発光 ダイオード で ノーベル 賞 を 受賞 した の は

光技術の革命 LEDは電圧を加えると発光する半導体素子で、電気エネルギーが直接光エネルギーに変換され、発熱などのロスが生じないことから、省エネルギーの発光体として注目されていた。 発明は1962年で、当時ゼネラル・エレクトリック社の研究者だったニック・ホロニアックJr. 氏によるもの。 当初は赤色のみだった。 後に西澤潤一・東北大学教授により、高輝度の赤色LED・緑色LEDが開発され、日本はLED研究の中心地の一つとなる。 さらに黄緑色LEDも開発されたが、光の3原色(赤・緑・青)のうち残る青の開発は難航。 適切な素材がなかなか絞り込めないのが原因だった。 青色LEDの実用化で、すべての色の光をLEDで作り出すことが可能になり、工業製品としての応用範囲が劇的に広がることになった。 基礎を作った名古屋の2人 赤崎勇氏は、1929年鹿児島県出身。 京都大学理学部化学科卒業後、松下電器産業入社。 同社東京研究所基礎研究室長、名古屋大学教授を歴任。 青色発光ダイオードの材料となる窒化ガリウム(GaN)の結晶化などに成功した。 天野浩氏は、1960年静岡県出身。 名古屋大学工学部電子工学科卒業、同大学大学院博士課程中退。 工学博士。 名古屋大学助手、名城大学教授など歴任。 赤崎教授の共同研究者。 怒りのノーベル賞受賞 中村修二氏は、1954年愛媛県出身。 徳島大学工学部卒業、同大学大学院修士課程修了。 工学博士。 大学院修了後、徳島県の日亜化学工業に入社。 同社で窒化ガリウム結晶の量産化に成功した。 だが、後には日本企業の研究環境に失望し、カリフォルニア大学に移籍することになる。 また退社後、日亜化学に対し、この製造法の特許権の個人への帰属の確認および会社への承継の際の対価支払いを求める裁判を起こし、日本の企業慣習と「職務発明」の際の特許権個人帰属の問題に一石を投じることになった。 中村氏は、受賞決定後の記者会見でも「怒りがすべてのモチベーション」と、日本企業と社会に対する不満をぶちまけていた。 日本のノーベル賞受賞者は22人に 今回の受賞決定で、湯川秀樹氏(1949年物理学賞)から連なる日本のノーベル賞受賞者(外国籍含む)は総計22人となった。 内訳は物理学賞10人、化学賞7人、医学・生理学賞2人、文学賞2人、平和賞1人。 日本人のノーベル賞受賞者 受賞年 賞 氏名、業績 2012 医学・生理学賞 山中 伸弥(やまなか・しんや) 京都大学iPS細胞研究所長・教授(受賞時) 業績:さまざまな組織の細胞になる能力がある「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を開発 2010 化学賞 根岸 英一 (ねぎし・えいいち) 米パデュー大学特別教授(受賞時) 業績:「有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング」に成功 鈴木 章 (すずき・あきら) 北海道大学名誉教授(受賞時) 業績:同上 2008 物理学賞 南部 陽一郎 (なんぶ・よういちろう) 米シカゴ大学名誉教授(受賞時:米国籍) 業績:「自発的対称性の破れ」の発見 小林 誠 (こばやし・まこと) 高エネルギー加速器研究機構名誉教授(受賞時) 業績:「CP対称性の破れ」を理論的に説明した「小林・益川理論」を提唱 益川 敏英 (ますかわ・としひで) 京都大学名誉教授(受賞時) 業績:同上 化学賞 下村 脩 (しもむら・おさむ) 米ボストン大学名誉教授(受賞時) 業績:「緑色蛍光タンパク質(GFP)」の発見・開発 2002 化学賞 田中 耕一 (たなか・こういち) 島津製作所フェロー(受賞時) 業績:生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発 物理学賞 小柴 昌俊 (こしば・まさとし) 東京大学名誉教授(受賞時) 業績:岐阜に建設された素粒子観測装置、カミオカンデで素粒子ニュートリノを世界で初めて観測 2001 化学賞 野依 良治 (のより・りょうじ) 名古屋大学理学部教授(受賞時) 業績:ルテニウム錯体触媒による不斉合成反応の研究 2000 化学賞 白川 英樹 (しらかわ・ひでき) 筑波大学名誉教授(受賞時) 業績:電気を通すプラスチック、ポリアセチレンの発見 1994 文学賞 大江 健三郎 (おおえ・けんざぶろう) 作家 業績:『個人的な体験』(1964)などの作品を通じ、現実と神話が密接に凝縮された想像の世界をつくりだし、現代における人間の様相を衝撃的に描いた 1987 医学・生理学賞 利根川 進 (とねがわ・すすむ) 米マサチューセッツ工科大学教授(受賞時) 業績:「抗体の多様性生成の遺伝的原理」の発見 1981 化学賞 福井 謙一 (ふくい・けんいち) 京都大学工学部教授(受賞時) 業績:化学反応と分子の電子状態に関する「フロンティア電子理論」を樹立 1974 平和賞 佐藤 栄作 (さとう・えいさく) 元首相 業績:非核三原則を提唱するなど太平洋地域の平和に貢献 1973 物理学賞 江崎 玲於奈(えさき・れおな) 米IBMワトソン研究所主任研究員(受賞時) 業績:半導体におけるトンネル現象の実験的発見 1968 文学賞 川端 康成 (かわばた・やすなり) 作家 業績:代表作『伊豆の踊子』(1927)や『雪国』(1935-1937)を通じ、微細な感受性をもって日本人の心の神髄を表現した 1965 物理学賞 朝永 振一郎 (ともなが・しんいちろう) 東京教育大学教授(受賞時) 業績:水素原子のスペクトルの観測データと予測値のずれの解決に超多時間理論が有効であると考え、これを発展させた「繰り込み理論」を完成 1949 物理学賞 湯川 秀樹 (ゆかわ・ひでき) 京都大学理学部教授(受賞時) 業績:原子核の陽子と中性子を結びつける粒子、中間子の実在を理論的に予言した カバー写真:左から天野教授、赤崎教授、中村教授(時事).

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ノーベル物理学賞に赤崎・天野・中村氏 青色LED発明 (写真=共同) :日本経済新聞

青色 発光 ダイオード で ノーベル 賞 を 受賞 した の は

青色LEDとは? LEDを使用した照明は、白熱電球などよりも少ない電力で明るく光ることが知られています。 そもそも、LEDとは「発光ダイオード」という一方向に電圧を加えたときに発光する半導体の素子のことです。 以下では、その中でも青色LEDについて詳しく解説していきます。 発光ダイオードとは?その特徴は? 電流を流すと光を発する半導体素子のことを LED(light emitting diode)、 発光ダイオードといいますが、電気信号を直接光信号に変える機能があるため、高輝度で他の電球に比べて 発光量あたりの消費電力も少なくすみます。 電気代の節約や、省電力な点が地球温暖化対策につながるため、街中のイルミネーションや信号機などいろいろなところで取り入れられています。 従来LEDが発光できる色は、赤やオレンジが主流でした。 その後、緑や青色といった色に発光するLEDも登場します。 内部にガラス質を持っていないために振動に強く、金属劣化や断線がない限り寿命も長いため屋外の装飾用サインなどにも利用されています。 日本人が開発、ノーベル賞を受賞 2014年、青色LEDの発明と実用化に貢献したとして、 赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏の3名がノーベル物理学賞を受賞しました。 彼らの研究によって作られた青色LEDは、寿命が蛍光灯の4倍で、消費電力は従来の電球と比べて10分の1となっています。 1986年にまず、赤崎勇氏と天野浩氏をはじめとする研究チームが青色LEDに必要な 高品質結晶の生成技術の発明に成功し、これを元に、1993年に中村修二氏が世界で初の実用的な高輝度を発する、 青色LEDを発明するに至りました。 青色LEDはなぜノーベル賞を受賞した? 前述した通り、青色LEDを開発した日本人3名は2014年にノーベル賞を受賞しました。 青色LEDの開発がノーベル賞を受賞できた理由を解説していきます。 白色LEDが可能に LEDは一般家庭でも、照明として利用されているように、珍しいものではありません。 ではなぜこれほどまでに青色LEDが注目され、ノーベル賞の受賞に至ったのでしょうか。 公式の授与理由として、スウェーデン王立科学アカデミーは以下のように発表してます。 数多の科学者が挑戦してもなお、青色LEDの発明は30年もの間成し遂げられませんでした。 これが成功したことにより、人類は新しい方法で白光をつくり出せるようになりました。 結果として、 より寿命が長く効率的な代替光源が入手できました。 ノーベル賞の公式サイトでは、 白熱電球は20世紀を、LEDランプは21世紀を灯していくと表現しており、LEDランプの今後の社会への貢献が期待されています。 青色LEDの必要性、開発はなぜ困難を伴うのか? そもそも、LEDの歴史は今から100年以上も前の1906年に始まりました。 この時は、イギリスの科学者ヘンリー・ジョセフ・ラウンド氏が炭化ケイ素に電流を流すと黄色く光ることを確認したというものでした。 その後、アメリカの科学者ニック・ホロニアック氏が 赤色LEDを発明します。 そしてさらに、 黄、橙、黄緑などの各色LEDが誕生していきました。 白い光を生み出すには、光の三原色である赤、青、緑が必要です。 その後世界中の科学者たちが、白色を実現するための青色LEDの研究に必死になりました。 日本でも同じような取り組みが行われてきました。 1964年、 赤崎勇氏は、国内には東京大学にしかないといわれていた珍しい実験装置が備えられていた松下電器産業が新設した研究所にて、青色LEDの主要な材料となる「 窒化ガリウム」と出会い、青色LEDの開発に邁進します。 世界でも青色LED実現のために窒化ガリウムに目がつけられていましたが、窒化ガリウムは繊細で扱いが非常に困難でした。 そのため、多くの研究者が中止したり他の研究に転向していきました。 赤崎氏の研究環境も例外ではなく、失敗を繰り返す毎日だったと言います。 成功の兆しは見えず、社内からは批判を浴び、組織のトップからはやめるようにとの命令を受けました。 しかしそれでも「好きなことをやる」と心に決めていた赤崎氏は研究をやめようとは思わず、1981年に研究所に辞表を提出、元いた名古屋大学に戻り研究続行します。 そして、当時名古屋大学院生だった 天野浩氏と出会いました。 赤崎氏は天野氏に対し事細かな指示出しはせず、研究の目的や目標を共有するだけにとどめ、研究のための環境を整えるなどのサポートに努めていました。 環境の整備として、より細かな研究が必要な場合には、赤崎氏は名古屋大学にはない精度の高い計測装置が揃っていたNTT武蔵野研究開発センターに問い合わせ、インターンシップ制度を利用し天野氏を受け入れてもらうよう依頼していたそうです。 天野氏は研究に没頭し、与えられた研究の機会を無駄にすることはありませんでした。 構内への立ち入りが大学当局から禁じられた元旦以外は研究室での実験を重ね、 実験回数は2年間で1,500回以上にも上りました。 ある日、いつも通り実験を始めようとしていましたが、機械の調子が良くなく、天野氏は独断で機械が不具合のまま実験を続行しました。 実はこれが契機となり、ついに青色LED開発の突破口を開くことになります。 中村氏は「高輝度」青色LEDを開発 そして、赤崎氏・天野氏によって開発された青色LEDを製品化にこぎつけたのが 中村修二氏です。 それまでは実用化できるレベルの 高輝度な青色LEDの開発は21世紀になると言われていました。 しかし、中村氏は 窒化ガリウムの大きな結晶を作製するために必要な技術を開発しました。 このおかげで、20世紀のうちに青色LEDの製品化が実現したのです。 青色LEDの業界利用動向 ここまで青色LEDの歴史について見てきました。 ここからは今後の青色LEDの動向について見ていきます。 スマートフォンやデジタルサイネージに利用 青色LEDが発明されたことによって実現できるようになった色の代表は「 白」です。 光の三原色、赤、青、緑を混ぜることでできる「白」の実現に青は必須の色です。 よって現在、広く使われるようになった 白い光のLEDも、青色LEDの発明なしには実現できなかったと言えます。 LED照明は、従来の白熱灯に比べて消費電力は格段に小さく、寿命も長いです。 こうした特徴から、現代の生活には欠かせない スマートフォンなど携帯電話のバックライトにも使用されています。 現在のスマホの小型・軽量化は、青色LEDの発明があったからこそ可能となったものです。 また、街中で見かける信号や 道路交通表示板、屋外ビジョンなどにもLEDは使用されています。 LED研究の今後は? 現在でも天野氏は、発光ダイオードの研究を進め、さらなる効率化を目指していると言います。 具体的には、現在50%程度の発光効率である発光ダイオードを、限りなく 100%に近づけることと、 黄色発光ダイオードの研究を進め、 人類が作れる究極の光源を開発することです。 また赤﨑研究室出身で、天野氏の2年後輩にあたる 上山智氏が代表を務める エルシード株式会社は、天野教授の研究成果をもとに委託開発テーマである「 LEDモスアイ構造製造技術」に取り組み、LEDの光出力を大幅に向上させています。 エルシード株式会社は、国立研究開発法人科学技術振興機構による大学発ベンチャー創出事業「 モノリシック型高出力高演色性大型白色LEDの開発」を通じて2006年に設立されたベンチャー企業です。 このように赤﨑氏から始まったLEDに関する研究は、若い研究者に引き継がれ、大きな実績に結び付いています。 デジタルサイネージに不可欠な青色LEDは日本人研究者が実現 ここまで見てきたように、デジタルサイネージや携帯の液晶画面に使われる 青色LEDは 日本人研究者により生み出され、今では私たちの生活には不可欠なものとなっています。 ノーベル物理学賞を受賞した 赤崎氏、天野氏、中村氏による研究は私たちの生活に大きく関わり、特に青色を開発したことは革新的な出来事だと言えるでしょう。

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