松浦勝人 昔。 エイベックス・松浦勝人氏、CEO退任へ 制作に専念すると表明「後進の育成にも励んでいきたい」

浜崎あゆみと松浦勝人が結婚せず別れた原因は自宅での飲酒パーティ!

松浦勝人 昔

小室「でも、これは声を大にして言いたいけど、社長のレスが世界一、早いよ!2秒後のときもあるし」 松浦「各方面との連絡で、日常的にケータイを開いている時間が長いだけで…。 ただ、小室さんの言うことには、いつも必ず何か意味があると思っています。 僕は小室さんに音楽業界のノウハウから売り方まで、全部を教わった人間なんで」 小室「僕の方が7歳上で業界の経験があっただけで、今はこっちが社長に甘えることもあるし、熟しきった関係だよね(笑)。 いずれにしても僕にとっては昔も今も大事な人です」 松浦「それは僕も同じです。 小室さんがいなかったら、エイベックスはなかったですから」 小室「90年代は音楽業界バブルで、エイベックスと僕のタッグがそのシンボリックな存在だったことは間違いない。 でも、そこに浸るんじゃなくて次のことを考えるにしても、熟した関係だからこそ、社長に『つまんねえよ』と言われないような提案にしないとだめだなと思ってます」 松浦「そんなこと言わないですよ!」 小室「でも、一方で今いちばん大切なのは、実は健康なんだよね(笑)」 松浦「わかります(笑)」 小室「ただエンタテイメントって、えり好みばかりしていてもいけない仕事で、セーブしちゃうと、途端に表に名前が出なくなる。 そうなると『あの人、どうしちゃったのかな』と思われてしまうので、自分も健康だけを考えてゆっくりだけもしていられなくて、どのくらい出て、どのくらい消えておけばいいのかを常に考えてます」 松浦「具体的に健康のために何かやってますか?」 小室「それがやってないんだけどね(苦笑)」 松浦「体は健康でも、精神的なストレスが拭えないから、どこが痛いとかじゃなくて、肩が凝るとか眠れないとかいう症状になる」 小室「社長はすごく繊細なんだと思う。 意外と僕のほうがいい加減。 もちろん眠れないことはあるけど『いつかは眠れる』と思えるし、格好つけるわけでなくて、眠れないときって詞を思い浮かべやすいんです。 『必ず夜明けは巡ってくるから』とかね。 そうすると得したなって思える。 つらかったり大変なときのほうが言葉は出てくるよね。 逆にメロディは鼻歌じゃないけど、気分が高揚してるときのほうが出てくる。 だから、いいことがあったらメロディを作って、落ち込んだら言葉を生んで、締め切りに間に合わせるっていう」 松浦「そして、僕は締め切りを調整するっていう(笑)」 小室「でも、社長のようにスキルチェックが厳しい人が相手だからこそ、売れるものになるんです。 いい番人ほど簡単には通してくれない」 松浦「ただ、当時は小室さんが何を言っているか、わからないこともありました。 なのに『それはこういうことですか?』と返すと、だいたい『うん』って言うから、理解するのが大変(苦笑)。 今は僕も経験を重ねてだいぶわかるようになりましたけど」 小室「僕自身も実は明解にわかっていないところがあって、まずは投げかけていたというか、口にしてみることが大事だったのかも」 松浦「確かに自問自答しているような感じはありました」 小室「ただ、アーティストやクリエイターの言葉を拾える人が、ビジネスのきっかけを生むことができるんだと思う。 もしかしたらすごく当たる可能性があるものでも、スルーされちゃったら、そこで終わりだし。 あのとき『え?』でなくて『わかりました』て言ってくれたから、『WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント〜』が生まれたわけで」 松浦「当時の浜ちゃんの勢いを前に『何を言ってるんですか』とはならないですよ!」 小室「いずれにしても、社長は消費者の気持ちに立てる人なので」 松浦「でも、今は消費者のことをわかってると思うと間違えそうだから、あえてそう思わないようにしてます。 ちなみに、小室さんで売り上げ200万枚を超えたものは、初めて聴いたときから全部いい曲でした。 『WOW WAR TONIGHT』も絶対に売れるだろうなと思ったのを鮮明に覚えてます」 小室「僕の目論見は、ちょうど松本人志さんが『遺書』という1000円の本を出版して、100万部以上売れていたので、ダウンタウンのファンなら、相方の浜ちゃんの歌にも1000円くらい出してくれるんじゃないかっていう…。 ちなみにこの話、若い世代は知らない人もいるんじゃないかと思って、あえて話してますけど(笑)」 松浦「1995年のリリースなんで、もう20年以上前になるんだ」 小室「あと、社長とのやりとりで思い出すのは、一時期、日本の芸能界の時事ネタをまとめた『朝刊マックス』っていうメールを毎日送ってくれていたこと。 僕は当時LAを拠点に音楽制作をしていたんだけど、まだインターネットもない時代で、誰も教えてくれない情報を『朝刊マックス』で教えてもらっていました」 松浦「小室さんは忙しくて情報も取れないと思ったので勝手に送りつけてただけです(苦笑)。 毎日会社へ行って、最初にする仕事でしたね。 1年くらい続いたのかな」 小室「人生にはその時にはわからないことがあって、後になって『もっと有効に活用できたな』と感じることがたくさんあった」 松浦「人生の振り幅を経験して初めてわかることってありますよね」 小室「いずれにしても、今もちょこちょこ、こういう対談を通して世の中に出ていないと、当時の話も聞いてもらえなくなるんで(笑)」 インスタの利用目的とは? 松浦「小室さんにとってはインスタで発信することも、そういうことを意識してのアクションだったりするんですか?」 小室「世の中がどれくらいピュアに見てくれるのか、どれだけひねくれちゃっているのかっていう反応を見るためのテストみたいなものかな。 今みんなは前向きなのかネガティブなのかを、自分から発信すること試しているような感覚。 そこを遮断してしまうと、何もかもが怖くなって、縮こまって、本当に世の中がわからなくなってしまうので」 松浦「結果として、今の世の中についてはどう見てますか?」 小室「今朝も『インスタにこれが写り込んでいたら犯罪になる』みたいなニュースを見たんですけど、昔と比べて今は気にしなければいけないことが多すぎて、みんなストレスが溜まっているんじゃないかなと思います。 もはや『自由奔放』なんて言葉、あり得ないでしょ? 活字も第三者のユーザーを常に意識して書かなければいけないし」 松浦「昔は写真週刊誌だけでしたけど、今は誰でもどこでも写真を撮ることができますからね。 ところでニュースといえば、小室さんが今後、発信しようとしているプロジェクトとかはあるんですか?」 小室「『情報解禁』って言葉もいつできたんだろうと思うんだけど、まだ言えないことが多いかな…。 ただ、いろいろとプロジェクトが控えているので、楽しみにしていてください(笑)」 小室 哲哉(Testuya Komuro)1958年、東京都生まれ。 音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、編曲家、キーボーディスト、 シンセサイザー・プログラマー、ミキシング・エンジニア、DJ。 83年、TM NETWORK(のちの TMN)を結成。 93年にtrfを手がけ、以後、篠原涼子、安室奈美恵、華原朋美、H Jungle with t、globeなどのアーティストをプロデュース。 アルバムとシングルのトータル売り上げ枚数は1億7000万枚を超えた。 他にも作曲家として幅広いアーティストに楽曲を提供。 2019年3月27日に、38年のキャリアを集約させた『TETSUYA KOMURO ARCHIVES PROFESSIONAL PRODUCTS』(完全受注生産)をリリース。

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松浦勝人の昔や若い頃!生い立ちや経歴と結婚歴は?元嫁・原口香の画像

松浦勝人 昔

浜崎あゆみとMAX松浦勝人氏が別れたのは1999年 デビュー前から付き合っていた浜崎あゆみとMAX松浦勝人氏 浜崎あゆみさんとMAX松浦勝人氏は、あゆがデビューする前から付き合っていて、 一緒に同棲していた仲です。 二人が出会ったのは、エイベックスが運営する六本木のクラブ・ヴェルファーレでした。 1999年春から夏には二人の心はすれ違いはじめ・・ 1999年、デビュー2年目の浜崎あゆみさんの生活は1年目よりますます忙しくなり、 CDを出すペースも早くなって、あゆはMAX松浦勝人氏と暮らしていた部屋に服を取りに行くためだけに帰るような生活で、 MAX松浦勝人氏も仕事用の部屋に寝泊まりすることが多くなっていったといいます。 浜崎あゆみとMAX松浦勝人が付き合っていることは周囲にはもちろん秘密・・ 二人が住んでいた部屋の周りに週刊誌の記者が張り付いてることもあって、 MAX松浦勝人氏は最新の注意を払っていたといいます。 週刊誌の記者が自宅周辺をうろついていたら、 二人の住んでいた部屋に帰り辛くなるのも頷けますね! 周囲を警戒するあまり、浜崎あゆみさんとMAX松浦勝人氏の間に、距離ができてしまったのかもしれないですね・・ Sponsored Link 浜崎あゆみとMAX松浦勝人氏の別れの原因は松浦宅での飲酒パーティー ある日、子犬を返しに行くと玄関から見知らぬ女が 浜崎あゆみさんとMAX松浦勝人氏の別れの決定的な原因になったのは MAX松浦勝人氏が仕事用の部屋で行っていた複数男女での飲酒パーティです。 当時、MAX松浦勝人氏はトイプードルを飼っていたのですが、 その子犬を浜崎あゆみさんとMAX松浦勝人氏の暮す家には連れてこなかったそうです。 ですが浜崎あゆみはそのまま家に子犬を連れて帰ることもあり、 ある日MAX松浦勝人氏の部屋に子犬を届けようと、浜崎あゆみさんがMAX松浦勝人氏の部屋を訪ねたときのこと・・ MAX松浦勝人氏が一人でいると思っていたら、玄関から見知らぬ若い女性が出てきたそうです。 MAX松浦勝人氏が自宅で盛大なパーティーを行っていた そして部屋の中に入ると沢山ののスタッフと若い女性、酔って倒れている人の中、 女の子にしなだれかかっているMAX松浦勝人氏を、浜崎あゆみさんは見てしまいました。 そのとき、 『私がレコーディングやミュージックビデオやテレビ出演・雑誌の撮影をしているときに、 恋人は陳腐なパーティに興じて酔いつぶれている』 とあゆは思ったそうです。 そしてその場にいたほとんどの女の子は、MAX松浦勝人氏がヴェルファーレのVIPルームから連れてきた女の子たちだということがすぐにわかったそうです。 『マサは私といることに飽きたんだな』と思った浜崎あゆみさんはその場を離れ、 横浜のホテルに3日間引きこもり、失踪してしまいます・・ MAX松浦勝人氏がハワイに移住することになり、二人は完全に別れる ちょうど『Fry high』のレコーディングが終わった頃、 MAX松浦勝人氏から浜崎あゆみさんへ一本の電話が入ります。 『あゆ、俺さ、プロモーションから離れて、ハワイに住んで向こうのスタジオで楽曲を作るよ。 』 とMAX松浦勝人氏が打ち明け、二人の関係は完全に終わってしまいました。 それから出来上がった曲が、 『絶望3部作』と言われている3曲だと言われています。 Sponsored Link 浜崎あゆみはMAX松浦勝人氏と結婚したかった? 『M 愛すべき人がいて』に記されている内容によると、 MAX松浦勝人氏と付き合いが上手くいっている頃の浜崎あゆみさんは、 『いつか私はマサと、マサの子供達だけのために歌うお母さんになりたい』 と語っています。 やっぱりあゆはMAX松浦勝人氏と結婚したかったんですかね〜! でもそのあとTOKIOの長瀬智也さん交際してる時も幸せそうでしたよね。 浜崎あゆみさんは『自分の身を滅ぼすほど、ひとりの男性を愛しました。 』と語り、 MAX松浦勝人氏のことをとても愛していたと語っています。 『M 愛すべき人がいて』のネタバレレビューはこちらの記事で紹介しています。

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松浦勝人の女性遍歴について調査!エイベックス会長に選ばれし女は誰だ?!

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小室「でも、これは声を大にして言いたいけど、社長のレスが世界一、早いよ!2秒後のときもあるし」 松浦「各方面との連絡で、日常的にケータイを開いている時間が長いだけで…。 ただ、小室さんの言うことには、いつも必ず何か意味があると思っています。 僕は小室さんに音楽業界のノウハウから売り方まで、全部を教わった人間なんで」 小室「僕の方が7歳上で業界の経験があっただけで、今はこっちが社長に甘えることもあるし、熟しきった関係だよね(笑)。 いずれにしても僕にとっては昔も今も大事な人です」 松浦「それは僕も同じです。 小室さんがいなかったら、エイベックスはなかったですから」 小室「90年代は音楽業界バブルで、エイベックスと僕のタッグがそのシンボリックな存在だったことは間違いない。 でも、そこに浸るんじゃなくて次のことを考えるにしても、熟した関係だからこそ、社長に『つまんねえよ』と言われないような提案にしないとだめだなと思ってます」 松浦「そんなこと言わないですよ!」 小室「でも、一方で今いちばん大切なのは、実は健康なんだよね(笑)」 松浦「わかります(笑)」 小室「ただエンタテイメントって、えり好みばかりしていてもいけない仕事で、セーブしちゃうと、途端に表に名前が出なくなる。 そうなると『あの人、どうしちゃったのかな』と思われてしまうので、自分も健康だけを考えてゆっくりだけもしていられなくて、どのくらい出て、どのくらい消えておけばいいのかを常に考えてます」 松浦「具体的に健康のために何かやってますか?」 小室「それがやってないんだけどね(苦笑)」 松浦「体は健康でも、精神的なストレスが拭えないから、どこが痛いとかじゃなくて、肩が凝るとか眠れないとかいう症状になる」 小室「社長はすごく繊細なんだと思う。 意外と僕のほうがいい加減。 もちろん眠れないことはあるけど『いつかは眠れる』と思えるし、格好つけるわけでなくて、眠れないときって詞を思い浮かべやすいんです。 『必ず夜明けは巡ってくるから』とかね。 そうすると得したなって思える。 つらかったり大変なときのほうが言葉は出てくるよね。 逆にメロディは鼻歌じゃないけど、気分が高揚してるときのほうが出てくる。 だから、いいことがあったらメロディを作って、落ち込んだら言葉を生んで、締め切りに間に合わせるっていう」 松浦「そして、僕は締め切りを調整するっていう(笑)」 小室「でも、社長のようにスキルチェックが厳しい人が相手だからこそ、売れるものになるんです。 いい番人ほど簡単には通してくれない」 松浦「ただ、当時は小室さんが何を言っているか、わからないこともありました。 なのに『それはこういうことですか?』と返すと、だいたい『うん』って言うから、理解するのが大変(苦笑)。 今は僕も経験を重ねてだいぶわかるようになりましたけど」 小室「僕自身も実は明解にわかっていないところがあって、まずは投げかけていたというか、口にしてみることが大事だったのかも」 松浦「確かに自問自答しているような感じはありました」 小室「ただ、アーティストやクリエイターの言葉を拾える人が、ビジネスのきっかけを生むことができるんだと思う。 もしかしたらすごく当たる可能性があるものでも、スルーされちゃったら、そこで終わりだし。 あのとき『え?』でなくて『わかりました』て言ってくれたから、『WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント〜』が生まれたわけで」 松浦「当時の浜ちゃんの勢いを前に『何を言ってるんですか』とはならないですよ!」 小室「いずれにしても、社長は消費者の気持ちに立てる人なので」 松浦「でも、今は消費者のことをわかってると思うと間違えそうだから、あえてそう思わないようにしてます。 ちなみに、小室さんで売り上げ200万枚を超えたものは、初めて聴いたときから全部いい曲でした。 『WOW WAR TONIGHT』も絶対に売れるだろうなと思ったのを鮮明に覚えてます」 小室「僕の目論見は、ちょうど松本人志さんが『遺書』という1000円の本を出版して、100万部以上売れていたので、ダウンタウンのファンなら、相方の浜ちゃんの歌にも1000円くらい出してくれるんじゃないかっていう…。 ちなみにこの話、若い世代は知らない人もいるんじゃないかと思って、あえて話してますけど(笑)」 松浦「1995年のリリースなんで、もう20年以上前になるんだ」 小室「あと、社長とのやりとりで思い出すのは、一時期、日本の芸能界の時事ネタをまとめた『朝刊マックス』っていうメールを毎日送ってくれていたこと。 僕は当時LAを拠点に音楽制作をしていたんだけど、まだインターネットもない時代で、誰も教えてくれない情報を『朝刊マックス』で教えてもらっていました」 松浦「小室さんは忙しくて情報も取れないと思ったので勝手に送りつけてただけです(苦笑)。 毎日会社へ行って、最初にする仕事でしたね。 1年くらい続いたのかな」 小室「人生にはその時にはわからないことがあって、後になって『もっと有効に活用できたな』と感じることがたくさんあった」 松浦「人生の振り幅を経験して初めてわかることってありますよね」 小室「いずれにしても、今もちょこちょこ、こういう対談を通して世の中に出ていないと、当時の話も聞いてもらえなくなるんで(笑)」 インスタの利用目的とは? 松浦「小室さんにとってはインスタで発信することも、そういうことを意識してのアクションだったりするんですか?」 小室「世の中がどれくらいピュアに見てくれるのか、どれだけひねくれちゃっているのかっていう反応を見るためのテストみたいなものかな。 今みんなは前向きなのかネガティブなのかを、自分から発信すること試しているような感覚。 そこを遮断してしまうと、何もかもが怖くなって、縮こまって、本当に世の中がわからなくなってしまうので」 松浦「結果として、今の世の中についてはどう見てますか?」 小室「今朝も『インスタにこれが写り込んでいたら犯罪になる』みたいなニュースを見たんですけど、昔と比べて今は気にしなければいけないことが多すぎて、みんなストレスが溜まっているんじゃないかなと思います。 もはや『自由奔放』なんて言葉、あり得ないでしょ? 活字も第三者のユーザーを常に意識して書かなければいけないし」 松浦「昔は写真週刊誌だけでしたけど、今は誰でもどこでも写真を撮ることができますからね。 ところでニュースといえば、小室さんが今後、発信しようとしているプロジェクトとかはあるんですか?」 小室「『情報解禁』って言葉もいつできたんだろうと思うんだけど、まだ言えないことが多いかな…。 ただ、いろいろとプロジェクトが控えているので、楽しみにしていてください(笑)」 小室 哲哉(Testuya Komuro)1958年、東京都生まれ。 音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、編曲家、キーボーディスト、 シンセサイザー・プログラマー、ミキシング・エンジニア、DJ。 83年、TM NETWORK(のちの TMN)を結成。 93年にtrfを手がけ、以後、篠原涼子、安室奈美恵、華原朋美、H Jungle with t、globeなどのアーティストをプロデュース。 アルバムとシングルのトータル売り上げ枚数は1億7000万枚を超えた。 他にも作曲家として幅広いアーティストに楽曲を提供。 2019年3月27日に、38年のキャリアを集約させた『TETSUYA KOMURO ARCHIVES PROFESSIONAL PRODUCTS』(完全受注生産)をリリース。

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