日蓮 正宗 と は。 日蓮宗と日蓮正宗との違いとは|超過激で危険でやばい修行の実態について

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日蓮 正宗 と は

コロナウィルスの写真 ヒトに感染する 風邪を引き起こすもの 風邪を引き起こすものが4種類あり、風邪の10~15%(流行期35%)の原因を占める。 HCoV-229E、HCoV-OC43は1960年代に発見され、HCoV-NL63、HCoV-HKU1は2000年代に入って発見された[2]。 (:サーズ)を引き起こすもの 詳細は「」および「」を参照 2002年に発見された-による。 が自然宿主であると考えられている[2]。 中国(地帯付近)が発生地とされる。 中東呼吸器症候群(MERS:マーズ)を引き起こすもの 詳細は「中東呼吸器症候群」および「MERS」を参照 2012年に発見されたMERS-による。 に風邪症状を引き起こすウイルスで、ヒトに感染すると重症肺炎を引き起こすと考えられている[2]。 「SARI」の呼称も使われていたが、2013年5月に「MERS[4]」という名前に決まった。 英語ではNovel Coronavirus, -like virus, NCoV, HCoV-EMC[5]などと表現されている。 2012年9月[6] - 2020年1月現在流行中。 で発生したと言われ、感染源[7]、感染方法は全くわかっておらず[8]、薬・治療方法は全くない[9]。 イギリス人4人・ドイツ人2人、フランス人2人が中東で感染した例がある[10]。 報道によれば、家族内感染3人(ヒト-ヒト感染の疑い)と、状態良好で入院後2時間で死亡した11歳がいる[11]。 また肺炎だけではなく、腎炎も発症したと言われる[12][13][14][15]。 2013年5月15日、WHOは、患者が入院したの病院の2人(看護婦と医療関係者)への「ヒトヒト感染」が初めて確認されたと発表した[19][20][21]。 WHOのフクダ事務局長補は、複数の国でまとまった感染例(ー)があるのでヒト-ヒト感染の可能性が高まっていると述べている(これ以上どういう風に広がるかについては全く分かっていない)[25]。 2013年5月21日、政府は、66歳の人がMERS-で死亡し、2人の子どももMERS-に感染していたと発表した(父と姉妹一人が、1週間前まで5週間のあいだ(メッカなど)とに旅行していたという)。 これで感染者44人、死者22人になる。 この疾病はその後、2015年5月から7月にかけて韓国でを引き起こし、186人が感染し、そのうち36人が死亡した。 2019年においてもにおいて14人が感染し、そのうち5人が死亡した[26][27]。 その他 詳細は「2019年-2020年中国における肺炎の流行」および「2019」を参照 2019年末に中国市で確認された重症肺炎を引き起こすウイルス。 2019-nCoV(2019)による。 元々は風邪の菌(ウィルス)なんだね。 変異して免疫がない種類になったので新型。 三災の疫病ってやつだ。 空気感染する疫病って以来の恐怖だね。 昭和初期までって不治の病で、文学の主要テーマだった。 大・・大不況・大疫病・・・。 セットで人類を襲うのも、100年前と同じパターン。 歴史って本当に繰り返すんですね。 ペストで死屍累々のヨーロッパ ペストやらやら、やら。 永らく日本人にはの恐怖は他人ごとのようだったけど、ここに来てまさかの大流行の兆しです。 大白法・平成10年10月16日刊(第512号より転載) 教学用語解説(42) 三災七難(さんさいしちなん) とあるように、安穏なるの建設は大聖人の三大秘法をしていくしかありません。 の 礎 いしずえは、平成の世に生きる私たちの 弛 たゆまざる弘教の実践にあることを一人ひとりが自覚すべきでありましょう。 本文 仁王経に云く「大王、吾が今化 け する所の百億の須弥 しゅみ 、百億の日月、一一の須弥に四天下 してんげ 有り。 其の南閻浮提に十六の大国、五百の中国、十千の小国有り。 其の国土の中に七つの畏 おそ る可き難有り。 一切の国王是 これ を難と為すが故に。 云何 いか なるを難と為す。 日月度を失い、時節返逆 ほんぎゃく し、或 あるい は赤日 しゃくにち 出で、黒日出で、二三四五の日出で、或はして光無く、或は日輪一重・二三四五重輪現ずるを一の難と為すなり。 度を失い、金星・彗星・輪星 りんせい ・鬼星 きせい ・火星・水星・風星・刁星 ちょうせい ・南斗 なんじゅ ・北斗・五鎮 ごちん の大星・一切の国主星・三公星・百宦星、是 か くの如き諸星、各各変現するを二の難と為すなり。 大火・国を焼き、万姓 ばんせい 焼尽し、或は鬼火・竜火・天火・山神火・人火・樹木火・賊火あらん。 是 か くの如く変怪 へんげ するを三の難と為すなり。 大水・百姓 ひゃくせい を漂没 ひょうもつ し、時節反逆 ほんぎゃく して冬雨ふり、夏雪ふり、冬、時に霹靂 らいでんへきれき し、六月に冰 ひょう ・霜 そう ・雹 ばく を雨らし、赤水 しゃくすい ・黒水・青水 しょうすい を雨 ふ らし、土山 どせん ・石山 しゃくせん を雨らし、沙 しゃ ・礫 りゃく ・石 しゃく を雨らす。 江河逆 さかしま に流れて山を浮かべ石を流す。 是くの如く変ずる時を四 し の難と為すなり。 大風、万姓 ばんせい を吹き殺し、国土・山河・樹木、一時に滅没 めつもつ し、非時の大風・黒風・赤風 しゃくふう ・青風 しょうふう ・天風・地風・火風・水風あらん。 是くの如く変ずる時を五の難と為すなり。 天地・国土亢陽 こうよう し、炎火洞然 えんかどうねん として百草亢旱 こうかん し、五穀登 みの らず、土地赫然 かくねん して万姓 ばんせい 滅尽せん。 是くの如く変ずる時を六の難と為すなり。 四方の賊来 きた って国を侵 おか し、内外 ないげ の賊起り、火賊・水賊・風賊・鬼賊あつて、百姓荒乱し、刀兵劫 とうひょうこう 起らん。 是くの如く怪 け する時を七の難と為すなり」。 通解 仁王経には、また次のようにも説かれている。 大王(波斯匿王 はしのくおう )よ、自分()がいま教化するところの百億の須弥 しゅみ に百億の日月があり、一つ一つの須弥に四天下がある。 そのうちの一つ南閻浮提に十六の大国、五百の中国、十千の小国がある。 その国土のなかに七つの恐るべき難がある。 そのわけは、これをいっさいの国王は難となすからである。 それではいかなることを難となすのであるか。 それを説こう。 まず太陽や月が運行の度を失い、寒暑 かんしょ の時節が逆になり、また赤日が出たり、黒日が出たり、あるいは一度に二、三、四、五の日が出たり、あるいはで太陽の光がなくなったり、あるいは太陽が一重、二、三、四、五重の輪を現ずるのが一の難である。 次にが運行する軌道を失い、金星・彗星・輪星 りんせい ・鬼星 きせい ・火星・水星・風星・刁星 ちょうせい ・南斗 なんじゅ ・北斗・五鎮 ごちん の大星・一切の国主星・三公星・百宦星、等々の多くの星が、それぞれ異常な現象を起こすのを二の難とする。 第三に、大火が国を焼き、万民を焼き尽くすであろう。 あるいは鬼火、竜火、天火、山神火、人火、樹木火、賊火が起こるであろう。 このように変怪 へんげ するを三の難とするのである。 第四に大洪水が起きて、民衆を押し流し、時節が夏と冬と逆になって、冬に多くの雨が降り、夏に多くの雪が降る。 冬に雷が鳴り、暑い六月に氷や霜や雹 ひょう が降り、赤水、黒水、青水を降らし、また土や石を山ほど降らし、砂や礫 こいし や石を降らす。 河は流れが逆になり、山を浮かべ、石を流すほどの大洪水となる。 このような異変を生じてくるのが四の難である。 第五に、大風が起こって万民百姓 ひゃくせい を吹き殺し、国土、山河、樹木が一挙のうちに滅没 めつもつ し、時節はずれの大風、黒風、赤風、天風、地風、火風、水風が吹きまくるであろう。 このように異変を生ずるのを五の難とする。 第六に、天地、国土が大のため乾ききり、天地も国土も猛烈に暑く、大気は燃え上がらんばかりで、百草みな枯れて、五穀は実らず、土地は焼けただれて民衆は滅尽するであろう。 そのように変ずるを六の難とする。 最後に、四方の他国の賊が来て国を侵略し、国内にも賊が内乱を起こして、火賊、水賊、風賊、鬼賊があって民衆を荒乱 こうらん し、いたるところで大闘争が起きるであろう。 そのように異変を生ずるのを第七の難とするのである。 語訳 仁王経 にんのうきょう 代の訳の仁王経 にんのうはんにゃはらみつきょう 二巻と、唐代の不空訳の仁王護国多経 にんのうごこくはんにゃはらみったきょう 二巻とがある。 原典も訳も現存しておらず、中国撰述の経典とする見解がある。 内容は正法が滅して思想が乱れる時、悪業のために受ける七難を示し、この災難を逃れるためには般若を受持すべきであるとして菩薩の行法を説く。 ・金光明経とともに護国三部経とされる。 大王 波斯匿王 はしのくおう のこと。 梵名プラセーナジット(Prasenajit)の音写。 コーサラ国(舎衛国)の王で波瑠璃王 はるりおう の父。 初めは仏教に反対だったが、後にに帰依し仏教を保護した。 巻六等によると、子の波斯匿王は、父王波斯匿 はしのく との大名・釈摩男 しゃくまなん の婢女 はしため との間に誕生。 長じて自身の出生についてから辱めを受けた。 後、長行大臣と謀って父王を放逐、波斯匿王はマガダ国に逃げるも命尽きたといわれる。 波瑠璃王はを殺戮 さつりく し、その数九千九百九十万人、血が流れて池となった。 の九横の大難の一つ。 それから七日後、河上に舟を浮かべ歓楽にふけっているさなか、火災が起き、火に包まれて死に、無間地獄に堕ちたという。 毘瑠璃王 びるりおう 、流離王とも書き、悪生王等と訳す。 波斯匿王は妃を迦毘羅衛国(カピラヴァストゥ)に求めたが、は王の勢力を恐れ、の王子にして大臣であるマハーナーマン(釈摩男 しゃくまなん )の召使いである女が産んだ美女を王女と偽って王に差し出した。 この女と波斯匿王との間に生まれたのが波瑠璃王である。 波瑠璃王は後にこのことを知って激怒し、成長すると波斯匿王の留守中を狙って王位に就き、復讐としてに対し出兵した。 このときは三度制し、波瑠璃王はそのつど留まったが、四度目には宿業の止め難きを知り、遂に殺戮が為された。 これは「仏の顔も三度まで」の りげん の由来とされる。 波瑠璃王は城に戻り、兄のジェータ太子(祇陀)も殺害したと伝えられる。 なお、ジェータ太子の園林をスダッタ(須達長者)が買い取り、のために寄進したのがである。 遠からずして、コーサラ国は隣国のマガダ国に併合された。 インド・中国で古くから用いられた天文説で定められた二十八種の星座のこと。 月が天を一周する間(恒星月=二十七・三日)に、西から東へ一日に一つずつで付近にある星宿に宿していくとして定められたとされる。 経、摩登伽 まとうか 経、宿曜経などで説かれる。 宿には星のやどりという意味があり、中国のにも「二十八舎 しゃ 、即ちの舎 やど る所なり」とある。 宿曜経巻下によれば、インドでは牛宿を除く二十七宿であったという。 輪星 輪状に連なった星をいうものと思われるが、どの星をさすのか明らかではない。 鬼星 座の中央部に位置するプレセペ星団のこと。 青白く、ぼうっと光って見え、鬼火にみたてられたところから鬼星と呼ばれたものと思われる。 の一つである鬼宿の中にある。 〈追記〉 鬼宿は中国で積尸気 せきしき と呼ばれ、亡魂の集まる場所と考えられた。 和名を魂緒 たまお という。 風星 の一つである箕宿 きしゅく のこととされる。 箕宿は射手座 いてざ にある四辺形の星座をいう。 箕 み はをふるって塵や糠 ぬか を風で吹き飛ばす農具であることから、箕宿は風を司るとされた。 刁星 ちょうせい 「刁」の形をした星座のことと思われるが、どの星をさすものか明らかではない。 刁は昔、中国で炊事用の鍋と警戒のために打ち鳴らす銅鑼 どら とを兼ねて、軍用に用いられた銅器をいう。 なお、仁王経では「刀星」となっている。 南斗 なんじゅ 「なんと」とも読む。 の一つである斗宿 としゅく のこと。 射手座の中央部にある斗 ひしゃく の形をした星座をいう。 南方の空に出て六つの星よりなっているところから、ともいう。 〈追記〉 中国の九字の一つに「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳(空陳、空珍)・南斗(南儒)・北斗・三台(三態)・玉女(玉如)」がある。 南斗と南儒は同義で、南斗を「なんじゅ」とも読む。 北斗 大熊座にある七つの星が斗 ひしゃく 状に並んでいる星座のこと。 北斗七星。 五鎮 ごちん の大星 歳星()・熒惑星 けいわくせい/けいこくせい (火星)・鎮星 ちんせい ()・太白星(金星)・辰星 しんせい (水星)の「五星」のこととする説と、五星の中心に位置すると考えられた「鎮星」のこととする説がある。 古代中国において火星は天上世界の執法官と考えられ、戦争、飢饉、疫病などを禍罰として下す夭星として恐れられた。 内惑星 ないわくせい (地球よりも太陽に近い軌道をめぐる惑星)のため真夜中の空に見ることなく、日没後の西空、または日の出前の東空に見るのみである。 明けの明星を啓明、宵の明星を長庚または太白と呼んで区別した。 太陽に近い距離にあるため、夜明け前か日没直後にしか観測できない。 国主星 古代中国のにおいて「帝」と名づけられた星のことと思われる。 三公星 古代中国のにおいて「三公」と名づけられた星。 三公は中国で天子を補佐する官職(周代では太師・太傅 たいふ ・太保)をいう。 天に三つの区域(三垣)を設定したなかの紫微垣と太微垣に「三公」という星が定められている。 百宦星 ここでは「百宦星」となっているが、御真筆では「百官星」となっており、仁王経も「百官星」とある。 百官星はもろもろの官名がつけられた星のこと。 鬼火・竜火・天火・山神火・人火・樹木火・賊火 鬼火とは、の乱れを鬼が怒って起こすと考えられた原因不明の火事をさす。 竜火とは、竜の怒りによって起こされる火。 天火とは、天の怒りによって起こると考えられた火災。 山神火とは、神仙の怒りによって起こるとされた火災。 人火とは、人の過失によって起こる火災。 樹木火とは、日照りがつづいて空気が乾燥しているとき、樹木から自然に火が出て山火事になるもの。 賊火とは、盗賊の放火等による火災。 刀兵劫 とうびょうこう 起らん 刀兵とは兵革の災のこと。 劫は劫掠 こうりゃく の略で、おびやかし奪いとること。 民衆が命や財物を奪われ、おびやかされる戦乱がしばしば起きること。 講義 星や日月の変動が、われわれ人類に影響があるとは、不思議に思えるであろう。 だが、依正不二の原理、一念三千の哲理が明らかとなるならば、なんら不思議ではない。 さらに、現代の最新の科学、なかんずくは、これらのことを実証しつつあるのが趨勢である。 まず、仁王経と薬師経の七難を比較すると次のようになる。 こんな時代だからこそ読みたい本があります。 日蓮正宗信徒のポリ銀と申します。 創価学会の家に生まれて、19歳まで創価学会員でした。 高校三年生の時に、池田大作の「11. 16スピーチ」を地元の会館で観まして、創価学会に大きな疑問を持ちました。 20歳の時、創価学会を脱会。 父の勧めで顕正会に入会。 浅井昭衛の国立戒壇論に心酔し18年、38歳の時には罰で心身ともに疲弊しきってしまっていました。 自殺願望が募り、毎日のように「死にたい」と口にするようになる中、ネットで元顕正会員のサイトで顕正会の嘘を知り、日蓮正宗のお寺を訪問しました。 御僧侶の御話を聴き、説得されまして再入信させていただいたのが、2010年。 今年(2020年)は、再入信して満10年の節目となります。 10年間、罪障消滅の苦しみと向き合いながら、一歩ずつ自分の人生を良い方向に導いていただきました。 日蓮正宗に戻れて良かったと、思う人生にたどり着いた状態です。 どうか、一人でも多くの創価学会員・顕正会員が日蓮正宗に戻り、人生の立て直しができますように。 その思いでブログを書いています。 連絡先:porigin yahoo.

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日蓮正宗寺院一覧

日蓮 正宗 と は

西 紀 年 号 月 日 事 蹟(敬称略) 1928 昭和3年 6月頃 牧口常三郎(後の創価学会初代会長)・戸田城聖(2代会長) 法華講信徒三谷素啓により折伏され日蓮正宗に入信 1930 昭和5年 11月18日 牧口常三郎 創価教育学会を創立 1943 昭和18年 7月 6日 牧口常三郎・戸田城聖 治安維持法違反・不敬罪等の罪状により拘引 1944 昭和19年 11月18日 牧口常三郎 獄中にて逝去 1946 昭和21年 3月頃 戸田城聖 創価教育学会を「創価学会」と改称し再建 1947 昭和22年 8月24日 池田大作 日蓮正宗に入信(現・東京昭倫寺にて) 1951 昭和26年 5月 3日 戸田城聖 創価学会第2代会長に就任 (東京常泉寺にて就任式を挙行) 12月18日 戸田城聖 宗務院の命により登山し、創価学会の宗教法人設立に際して3ヶ条遵守を約束 1)折伏した人は信徒として各寺院に所属させること 2)当山(日蓮正宗)の教義を守ること 3)三宝(仏・法・僧)を守ること 1952 昭和27年 4月24〜28日 宗旨建立七百年慶祝記念大法要奉修 8月27日 創価学会 東京都知事より宗教法人の認証をうける 1956 昭和31年 1月29日 戸田城聖 日昇上人御隠退表明を拝して『信者の大精神に立て』との談話を発表 「先代牧口先生当時から学会は猊座の事には一切関知せぬ大精神で通して来たし、今後もこの精神で一貫する。 これを破る者はたとえ大幹部といえども即座に除名する」(聖教新聞) 8月10日 戸田城聖 日淳上人に対し奉り「将来、もし学会が大きくなって、宗門に圧力をかけたり、あるいは内政干渉をするようなことがあったら、いつでも解散をお命じ下さい」と申し上げる(岡山妙霑寺落慶入仏式) 1958 昭和33年 3月30日 戸田城聖 法華講総講頭に任ぜられる 4月 2日 戸田城聖 逝去 1960 昭和35年 5月 3日 池田大作 創価学会第3代会長に就任(東京日大講堂) 1964 昭和39年 4月 1日 池田大作 法華講総講頭に任ぜられる 1972 昭和47年 10月11日 正本堂落成慶讃大法要(〜17日) 1974 昭和49年 4月12日 創価学会 宗門支配を画策 (山崎・八尋報告書「本山の件」) 5月10日 創価学会 宗門からの分離独立を画策 (北条報告書「本山の件」) 6月18日 創価学会 宗門からの分離独立を画策 (北条報告書「宗門の件」) 1977 昭和52年 1月15日 池田大作 第9回教学部大会で「仏教史観」を語る これより創価学会昭和52年教義逸脱路線が表面化 【52年路線の主なもの】 1)戸田会長の悟達が創価仏法の原点 2)大聖人直結、血脈・途中の人師論師不要 3)「人間革命」は現代の御書 4)会長に帰命、久遠の師、本門弘通の大導師、 主師親三徳 5)寺院・会館混同(寺院軽視) 6)謗法容認 7)在家でも供養を受けられる 8)学会僧宝論 1978 昭和53年 2月 9日 日達上人 創価学会の歴史的経過の上から教義逸脱路線の根源を指摘 2月22日 日達上人 2月12・14日の池田大作の御目通りの内容を公表 1)池田大作「手を切るのだけはやめてほしい」と懇願 2)日達上人「池田会長に日蓮正宗信徒の基本を徹底するよう」指南 6月29日 日蓮正宗 教師指導会で創価学会からの教義逸脱是正文書を公表 6月30日 創価学会 「教学上の基本問題について」(教義逸脱を是正)を発表(通 称「6. 30」) 9月28日 創価学会 模刻本尊7体を総本山に納める 11月 7日 創価学会 創立48周年記念登山代表幹部会において、池田大作 52年逸脱路線について謝罪(通称「お詫び登山」) 1979 昭和54年 4月24日 池田大作 学会問題の責任を取り会長を辞任し名誉会長となる 北條 浩 創価学会第4代会長に就任 4月26日 池田大作 学会問題の責任を取り法華講総講頭を辞任し名誉総講頭となる 5月 3日 日達上人 創価学会第40回本部総会において、池田名誉会長他首脳がそれまでの過ちを正直に反省したことを大前提として52年逸脱路線問題を収束される(創価大学体育館) 7月22日 日達上人 御遷化 日顕上人 第67世御法主に登座 12月 1日 北条 浩 『北条報告書』の件につき聖教新聞でお詫び 1980 昭和55年 4月 2日 池田大作 所感「恩師の23回忌に思う」で、52年路線は全て自分の指導に原因があると反省懺悔 (聖教新聞) 11月26日 日顕上人 創価学会創立50周年記念幹部登山において、52年路線の誤りを再度指摘し、下記について御指南 1)僧俗及び2つの法人の関係に対する認識 2)指導者中心のあり方 3)教学研鑽の基本姿勢(特に「学会にも指導者にも誤りは無かったという発言は許されない」と強調) 1981 昭和56年 7月18日 北條 浩 逝去 秋谷栄之助 創価学会第5代会長に就任 10月10〜16日 宗祖日蓮大聖人第七百遠忌奉修 1984 昭和59年 1月 2日 池田大作 法華講総講頭に再任される 1990 平成2年 7月17日 創価学会 宗門との連絡会議の席上、法主上人・宗門を一方的に批判し席を立つ(東京常泉寺) 10月6〜7日 12〜13日 大石寺開創七百年慶讃大法要(初会)奉修 大石寺開創七百年慶讃大法要(本会)奉修 11月16日 池田大作 創価学会第35回本部幹部会において、猊下、宗門、僧侶の蔑視・軽視発言 (52年逸脱路線無反省を露呈) 12月13日 日蓮正宗 創価学会との連絡会議の席上、池田大作の11月16日のスピーチについての『お尋ね』文書を学会に提出する 創価学会 「出所不明のテープを元にした文書は受け取れない」と受け取りを拒絶(東京常泉寺) 12月16日 日蓮正宗 創価学会へ『お尋ね』文書を発送 12月24日 日蓮正宗 創価学会からの12月23日付『お伺い』なる9項目にわたる事実無根・捏造の宗門批判文書を受信 12月27日 第130臨時宗会開催 宗規一部改正を議決 改正にともない総講頭・大講頭の資格喪失 1991 平成3年 1月 4日 創価学会 聖教新聞紙上で宗門批判キャンペーン開始 2月頃 創価学会 宗門の化儀を無視した『学会葬』始める 9月17日 秋谷栄之助 第46回本部幹部会で「宗門は天魔と化して、信者ドロボウに狂奔し」と発言 10月頃 創価学会・SGI 日顕上人退座要求署名運動を開始 10月21日 日蓮正宗 創価学会へ『通告文』を発送 学会葬などの化儀破壊行為を改めるよう通告 11月 7日 日蓮正宗 創価学会へ『解散勧告』 11月28日 日蓮正宗 創価学会及びSGIを『破門』(無関係の団体となる) 1992 平成4年 3月28日 日蓮正宗 創価学会が宗教法人の適格性を欠くため、東京都知事(当時鈴木俊一氏)に対し『意見書』を提出 8月11日 日蓮正宗 池田大作を信徒除名処分 1993 平成5年 9月 7日 創価学会 『ニセ本尊』作製発表 10月 1日 創価学会 『ニセ本尊』販売開始 1996 平成8年 11月18日 日蓮正宗 創価学会が宗教法人の適格性を欠くため、文部大臣(当時小杉隆氏)に対し『意見書』を提出 1997 平成9年 12月 1日 日蓮正宗 宗務行政措置を実施 この措置により、創価学会個人の日蓮正宗檀信徒資格が喪失した。 2002 平成14年 3月28日 創価学会 「創価学会会則」を改変(3月29日付「聖教新聞」) 2014 平成26年 11月 7日 創価学会 「創価学会会則」を改変し、大御本尊への信仰を放棄(11月8日付「聖教新聞」) 大御本尊への信仰を捨てた創価学会をただす —矛盾のスパイラルにおちいった創価学会—を発刊 今般、創価学会は会則を改変し、その説明として聖教新聞紙上に「弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」と発表しました。 これは、創価学会の前身である創価教育学会が昭和5 1930 年に設立されて以来、80数年にわたって会員が等しく信仰の対境として尊崇してきた宗祖日蓮大聖人弘安二年十月十二日所顕の本門戒壇の大御本尊を放棄することを意味します。 信仰の世界において、礼拝の対象となる本尊は最も重視されなければなりません。 今回、創価学会が行った本尊義の改変は、教団の存立基盤を揺るがし、80数年の歴史を覆す大事件です。 日蓮大聖人を御本仏と立てながら、大聖人出世の本懐たる大御本尊を放棄するという致命的な過ちを犯した創価学会は、それを繕うため、いくつかの異説を唱えざるをえない状態に至りました。 まさしく創価学会は、はてしない矛盾のスパイラル(らせん状の進行)におちいったと言えましょう。 本書は、創価学会首脳部に誑惑される学会員を目覚めさせるため、会則を改変したことに伴う創価学会の本尊義と、それを言い繕うための邪説を破折するものです。 本書によって、迷える学会員が一人でも多く、本門戒壇の大御本尊まします富士大石寺の正法に帰依することを祈ってやみません。

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日蓮正宗 歴代法主上人御名一覧

日蓮 正宗 と は

この記事の主題はウィキペディアにおけるを満たしていないおそれがあります。 目安に適合することを証明するために、記事の主題についてのを求めています。 なお、適合することが証明できない場合には、記事はされるか、に置き換えられるか、さもなくばされる可能性があります。 ( 2017年4月) 日蓮正宗寺院一覧(にちれんしょうしゅうじいんいちらん)は、の教会の一覧。 日本国以外に所在する日蓮正宗寺院についてはを参照。 住職が宗務当局から処分を受けた寺院、 日蓮正宗から離脱した寺院(単立化、他宗派への移籍)などで、本来の日蓮正宗としての化儀に基づく各種儀式・法要などが執行されていない寺院は「」を参照。 特別布教区 [ ] 総本山 [ ]• 蓮成坊• 了性坊• 南之坊• 妙泉坊• 妙住坊• 遠寿坊• 妙遠坊• 報恩坊• 遠信坊• 東之坊• 本種坊• 石之坊• 雪山坊• 総一坊• 北海道大布教区 [ ] 北海道第一布教区 [ ]• 大慈院(札幌市)• 直唱寺(札幌市)• 聞佛寺(札幌市)• 仏見寺(札幌市)• 興正寺()• 知法寺()• 久昌寺()• 妙照寺()• 本久寺()• 深妙寺()• 法弘寺()• 仏宝寺()• 護念寺()• 興教寺()• 成妙寺()• 法涌寺()• 正隆寺()• 知道寺()• 信隆院() 北海道第二布教区 [ ]• 宝龍寺()• 志願寺()正信会から返還。 妙峰寺()• 開道寺()• 大法寺()• 法宣寺()• 安立寺()• 法清院()• 実明寺( 正信会から返還。 北海道第三布教区 [ ]• 法廣寺()• 長円寺()• 興徳寺()正信会から返還。 法珠寺()• 法海寺()• 法眼院()• 得成寺()• 妙立寺() 東北大布教区 [ ] 青森布教区 (青森県) [ ]• 専妙寺()• 速成寺()• 行妙寺()• 法浄寺()• 具道寺()• 法典院()• 東漸寺() 岩手布教区 (岩手県) [ ]• 得道寺(盛岡市)• 専正寺()• 本寿寺()• 宝器寺()• 法王寺()• 常説寺()• 妙応院()• 安穏寺()• 東光寺() 秋田布教区 (秋田県) [ ]• 能信寺()• 妙華寺()• 本要寺()• 勝法寺()• 寿泉寺()正信会から返還。 法説寺(大仙市)• 大徳寺()• 正境寺()• 法種院()• 多宝寺()正信会から返還。 山形布教区 (山形県) [ ]• 正命寺()• 真覚寺()• 法益寺()• 信妙寺()• 能成寺()• 実説寺()• 法樹院()• 法輪寺 () 宮城布教区 (宮城県) [ ]• (仙台市)• 妙遍寺(仙台市)• 善修寺(仙台市)• 広安寺()• 徳妙寺()• 大聖寺()• 福量寺()• 信正寺()• 福島布教区 (福島県) [ ]• (須賀川市)• 万宝寺()• 妙福寺(河沼郡会津坂下町)• (いわき市)• (いわき市)• 正徳寺() 関東大布教区 [ ] 栃木布教区 (栃木県) [ ]• 誠諦寺()• 仏行寺()• 顕照寺()• 真徳寺()• 仏城寺()• 教徳寺()• 楽大寺()• 真修寺()• 覚徳寺() 群馬布教区 (群馬県) [ ]• 勝妙寺()• 常行寺()• 善成寺()• 覚王寺()• 正見寺()• 高林寺()• 正林寺()• 最勝寺()• 無量寺()• 浄法寺()• 浄蓮寺()• 法勤寺() 茨城布教区 (茨城県) [ ]• 法悦院()• 慈法寺()• 法高寺()• 興源寺()• 恵妙寺()• 正善寺()• 法正寺()• 照境寺()• 光顕寺()• 行道寺() 埼玉布教区 (埼玉県) [ ]• 法勝寺()• 正因寺()• 常生寺 (さいたま市)• 得法寺()• 宣行寺()• 妙乗寺()• 能持寺()• 正興寺()• 真教寺()• 本種寺()• 啓信寺()• 日成寺()• 開徳寺()• 能安寺()• 仏説寺()• 華光寺()• 本泰寺()• 法生寺() 東京第一布教区 [ ]• 妙證寺()• 本修寺()• (墨田区)• 大護寺()• (江戸川区)1982年(昭和57年)より2002年(平成14年)の間は正信会の支配下にあった。 妙因寺()• 華王寺() 東京第二布教区 [ ]• 妙安寺()• 無上寺()• 宝浄寺()• ()1980年(昭和55年)より2010年(平成22年)の間は正信会の支配下にあった。 宣徳寺()• 善福寺(世田谷区)正信会から返還。 大願寺()• 仏乗寺()• 大修寺()• 妙観院(府中市)• 大宣寺()• 広説寺()• 法忍寺()• 広妙寺(八王子市)• 常修寺事務所(八王子市)• 妙声寺()• 慈本寺()• 仏寿寺() 千葉布教区 (千葉県) [ ]• 妙聡寺(千葉市中央区)• 清涼寺()• 恵光寺• 妙広寺()• 啓正寺()• 弾正寺()• 鎌谷寺()• 蓮清寺()• 正願寺()• 法道寺()• 長久寺()• 浄徳寺(浦安市)正信会から返還。 智妙寺()• 法経院()• 法常寺()• 仏心寺()• 自得院()• ()の旧末寺。 1957年、妙本寺とともに日蓮正宗に合流、現在にいたる。 法清寺()• ()旧本山の保田妙本寺とともに日蓮正宗に合流。 昭和57年9月16日から平成31年1月23日は正信会。 平成31年1月24日正信会から返還、令和元年7月25日宗教活動再開。 神奈川布教区 (神奈川県) [ ]• 持経寺()• 応顕寺(横浜市)• 法運寺(横浜市)• 妙寿寺()• (横浜市)• 大歓寺(横浜市)• 宣法寺(横浜市)• 妙苑寺(相模原市)• 正継寺()• 法照寺()• 大円寺()• 平正寺()• 護国寺()• 蓮久寺()• 寿照寺()• 大経寺()• (小田原市)正信会から返還。 甲信布教区 (長野県・山梨県) [ ] 山梨県 [ ]• 正光寺()• 白蓮寺()• 覚宝寺()• 蓮永寺()• 妙相寺()• 実境寺(長野市)• 開法寺()• 法修寺()• 妙照寺()• 本立寺()• 威徳寺()• 恵光寺()• 常楽寺()• () 新潟布教区 (新潟県) [ ]• 法秀寺()• 専光寺()• 一道寺()• 教光寺()• 聞正寺(新潟市)• 正覚寺(新潟市)• 正安寺()• 妙護寺()• 信善寺 ()• 実行寺() 中部大布教区 [ ] 静岡北布教区 (大石寺及び塔中を除く静岡県富士宮市) [ ]• 法明寺(富士宮市)• (富士宮市)の旧末寺。 1956年(昭和36年)日蓮宗を離脱し日蓮正宗に合流。 (富士宮市)下条妙蓮寺の末寺。 1960年(昭和35年)日蓮宗を離脱し日蓮正宗に合流。 (富士宮市) (明治33年)とともにを離脱し、の設立に参加。 (富士宮市)の一。 三派合同との合同を経て、1950年(昭和25年)末寺 7ヶ寺とともに日蓮宗を離脱し日蓮正宗に合流。 蓮一坊(富士宮市) 本山妙蓮寺塔中。 蓮二坊(富士宮市) 本山妙蓮寺塔中。 蓮三坊(富士宮市) 本山妙蓮寺塔中。 蓮四坊(富士宮市) 本山妙蓮寺塔中。 本妙坊(富士宮市) 本山妙蓮寺塔中。 1950年(昭和25年)日蓮宗を離脱し日蓮正宗に合流。 心教坊(富士宮市) 本山妙蓮寺塔中。 1950年(昭和25年)日蓮宗を離脱し日蓮正宗に合流。 蓮光坊(富士宮市) 本山妙蓮寺塔中。 1950年(昭和25年)日蓮宗を離脱し日蓮正宗に合流。 (富士宮市)下条妙蓮寺の末寺。 1950年(昭和25年)日蓮宗を離脱し日蓮正宗に合流。 (富士宮市)下条妙蓮寺の末寺。 1950年(昭和25年)日蓮宗を離脱し日蓮正宗に合流。 静岡東布教区 (静岡北布教区を除く静岡県のうち富士市以東) [ ]• 慈光寺()• 養源寺()• 持妙寺(御殿場市)正信会から返還。 蓮徳寺()• 龍眼寺()• 龍泉寺(富士市)• () 1900年(明治33年)大石寺とともに本門宗を離脱し、日蓮宗富士派の設立に参加。 法円寺()正信会から返還。 静岡西布教区 (静岡北布教区を除く静岡県のうち静岡市以西) [ ]• 順妙寺(静岡市)• () (明治33年)大石寺とともに本門宗を離脱し、日蓮宗富士派の設立に参加。 法音院()• 正説寺(浜松市)• 妙重寺(浜松市)• 寿量寺()• 遠信寺()正信会から返還。 宣正寺() 北陸布教区 (石川県・富山県) [ ] 富山県 [ ]• 妙顕寺()• 善済寺()• 福徳寺()• 本徳寺() 石川県 [ ]• () (明治33年)大石寺とともに本門宗を離脱し、日蓮宗富士派の設立に参加。 大興寺(金沢市)• 唯成寺()• 最教寺()• 是生寺()• 浄源寺() 愛知東布教区 (愛知県三河地方) [ ]• 泰福寺()• 仏土寺()• 開源寺()• 教明寺()• 正啓寺()• 久修寺()• 法布院() 愛知西布教区 (愛知県尾張地方) [ ]• (名古屋市)• 妙通寺(名古屋市)• 本覚寺(名古屋市)• 玉泉寺()• 本長寺(名古屋市)• () 、(のちの本門宗)寺院として建立。 (明治33年)大石寺とともに本門宗を離脱し、日蓮宗富士派の設立に参加。 妙典寺()• 普宣寺()• 安明寺()• 法遍寺()• 法来寺()• 浄顕寺() 三重布教区 (三重県) [ ]• 普見寺()• 妙徳寺(四日市市)正信会から返還。 光徳寺(鈴鹿市)正信会から返還。 顕要寺()• 仏境寺()• 本慧寺()• 仏徳寺(津市)• 浄修寺()• 法顕寺()• 蓮昌院() 岐阜布教区 (岐阜県) [ ]• 久成寺()• 長昌寺(岐阜市)• 経説寺()• 慧日寺()• 経行寺()• 開顕寺()• 本栄寺()• 聖徳寺()• 得浄寺() 関西大布教区 [ ] 北近畿布教区 (滋賀県・福井県) [ ] 福井県 [ ]• 本縁寺()• 法妙寺()• 若法寺()• 法源寺() 滋賀県 [ ]• 法乗寺()• 本地寺()• 慧照寺()• 啓道寺() 京都布教区(京都府) [ ]• 妙清寺(京都市)• (京都市 1895年(明治28年)日蓮宗興門派(本門宗)の出張所として建立。 1900年、大石寺とともに本門宗を離脱し、日蓮正宗の設立に参加。 なお1981年(昭和56年)より2010年(平成22年)の間は正信会の支配下にあった。 宣照寺(京都市)• 平安寺()• 顕妙寺()• 本感寺()• 真妙寺()• 実度寺()• 法護寺()• 妙泰寺() 大阪北布教区 (大阪府大阪市北中部 17区 と東大阪市以北) [ ]• 妙栄寺()• (大阪市淀川区)1771年(明和8年)以来の大石寺の末寺で、 の設立にも参加した大阪市北区の古刹が、1964年日蓮正宗派から離脱してを組織。 日蓮正宗は翌1965年(昭和40年)、同一の山号寺号の寺院を大阪市淀川区に建立。 また1981年(昭和56年)より2006年(平成18年)の間は正信会の支配下にあった。 浄妙寺(大阪市)• 聖教寺(大阪市)• 本教寺()• 本説寺()• 安住寺()• 妙恵寺()• 覚仁寺()• 教信寺()• 経王寺()• 真興寺()• 調御寺() 大阪南布教区 (大阪府大阪市南部 7区 と八尾市以南) [ ]• 法住寺(大阪市)• 栄正寺(大阪市)• 妙輪寺(大阪市)• 弘妙寺()• 興妙寺()• 正円寺()• 善正寺()• 実法寺(堺市 )• 1876年、日蓮宗興門派(本門宗)の設立に参加。 1900年、大石寺とともに本門宗を離脱、日蓮宗富士派の設立に参加(1915年日蓮正宗に改称)。 澄明寺()• 平等寺()• 順行寺()• 普妙寺()正信会より返還。 南近畿布教区 (奈良県・和歌山県) [ ] 奈良県 [ ]• 寧楽寺()• 見仏寺()• 仏覚寺()• 隆妙寺()• 法雲寺()• 妙住寺() 和歌山県 [ ]• 妙海寺()正信会から返還。 宝相寺()• 真福寺()• 福生寺()• 覚法寺() 兵庫布教区 (兵庫県) [ ]• 法恩寺()1880年(明治13年)、大石寺により日蓮宗興門派(本門宗)寺院として建立。 1900年、大石寺とともに本門宗を離脱、日蓮宗富士派の設立に参加(1915年日蓮正宗に改称)。 (神戸市)• 浄教寺(神戸市)• 法栄寺()• 大妙寺()• 堅持院(西宮市)正信会から返還• 妙言寺()• 正蓮寺(西宮市)正信会から返還。 法祥寺()• 妙久寺()• 成道寺()• 妙永寺()• 妙岳寺()• 要道寺()• 仏恩寺()• 徳成寺()• 感応寺()• 浄福寺()• 宣要寺()• 高妙寺()• 善本寺() 中国大布教区 [ ] 北中国布教区 (鳥取県・島根県) [ ] 鳥取県 [ ]• () (明治15年) - 日蓮宗興門派(本門宗)寺院として再興。 (明治33年)、大石寺とともに本門宗より離脱、日蓮宗富士派の発足に参加。 法真院 ()• 専修寺 ()• 常福寺 () 島根県 [ ]• 功徳寺 ()• 蓮照寺 ()• 法久院 ()• 大善寺 () 岡山布教区(岡山県) [ ]• 啓運寺 ()• 妙霑寺 ()• 音教寺 ()• 法命寺 ()• 究竟寺 ()• 法龍寺 (倉敷市)• 宝清寺 ()• 妙種寺 ()• 園林寺 ()• 仏恵寺 () 広島布教区(広島県) [ ]• 正教寺 ()• 善照寺 ()• 開妙寺 ()• 得行寺 ()• 長妙寺()• 善聴寺 ()• 本浄寺(広島市)• 福王寺(広島市)• 興福寺()• 円照寺()• 順正寺 () 山口布教区(山口県) [ ]• 弘法寺()• 大栄寺()• 妙頂寺()• 覚正寺()• 防府教会()• 妙宝寺()• 興本寺 (下関市)• 本因寺 ()• 法蓮寺()• 普照寺 () 四国大布教区 [ ] 香川布教区 (香川県) [ ]• 玉林寺(高松市)• 正伝寺()• 龍王寺()• ()(寛政3年) - 讃岐本門寺により建立。 1876年、日蓮宗興門派(本門宗)の発足に参加。 1941年(昭和16年) -本門宗寺院として三派合同に参加。 日蓮宗所属に。 1946年(昭和21年)4月12日 - 本山の讃岐本門寺および他の末寺9カ寺とともに日蓮宗を離脱、日蓮正宗に合流。 妙法寺()• () (明治15年) - 日蓮宗興門派(本門宗)寺院として再建。 (昭和16年) -本門宗寺院として三派合同に参加。 日蓮宗所属に。 (昭和21年)本山および他の末寺9カ寺とともに日蓮宗を離脱、日蓮正宗に合流。 (三豊市)• 上之坊(三豊市)讃岐本門寺の塔中坊。 (昭和21年)本山および他の末寺9カ寺とともに日蓮宗を離脱、日蓮正宗に合流。 西山坊(三豊市)讃岐本門寺の塔中坊。 (昭和21年)本山および他の末寺9カ寺とともに日蓮宗を離脱、日蓮正宗に合流。 宝光坊(三豊市)讃岐本門寺の塔中坊。 (昭和21年)本山および他の末寺9カ寺とともに日蓮宗を離脱、日蓮正宗に合流。 現在は墓地のみ。 (三豊市)• ()讃岐本門寺。 旧末寺。 本門宗よりをへて1946年 昭和21年 に日蓮宗を離脱して日蓮正宗に合流。 中之坊(三豊市)讃岐本門寺の塔中坊。 (昭和21年)本山および他の末寺9カ寺とともに日蓮宗を離脱、日蓮正宗に合流。 泉要坊(三豊市)讃岐本門寺の塔中坊。 (昭和21年)本山および他の末寺9カ寺とともに日蓮宗を離脱、日蓮正宗に合流。 法善坊(三豊市)讃岐本門寺の塔中坊。 (昭和21年)本山および他の末寺9カ寺とともに日蓮宗を離脱、日蓮正宗に合流。 正得院(三豊市)• 城山寺(三豊市)• 法林寺() 愛媛布教区 (愛媛県) [ ]• 妙源寺()• 応供寺(松山市)• 法楽寺()• 一心寺()• 実正寺()• 正顕院()• 明海寺()• 実妙寺()• 善覚寺() 南四国布教区 (高知県・徳島県) [ ] 徳島県 [ ]• 妙眼寺()• 成顕寺()• 正玄寺()• 皆妙寺()• () 高知県 [ ]• 法厳寺()• 大信寺()• 本因妙寺()• 興善寺()• 延寿寺()• 法信寺()正信会から返還。 照栄寺()• 円妙寺() 九州大布教区 [ ] 福岡東布教区 [ ]• 妙境寺(北九州市)• 法貴寺(北九州市)• 法霑寺()• 常照寺(北九州市)• 弘教寺()• 遍照寺()• 普遍寺()• 徳蔵寺()• 正妙寺(行橋市)正信会から返還。 要言寺()• 法縁寺()• 覚命寺(北九州市小倉北区)正信会から返還。 福岡西布教区 [ ]• 立正寺()• 妙流寺(福岡市)• 本佛寺(福岡市)• 開信寺(福岡市)• 教説寺()• 宣明寺()• 信法寺()• 妙興寺()• 霑妙寺()• 諦聴寺()• 法恵寺() 西九州布教区 (長崎県・佐賀県) [ ] 佐賀県 [ ]• 蓮栄院()• 覚源寺()• 深遠寺()• 了源院() 長崎県 [ ]• 法敬院()• 法成院()• 本隆寺()• 正霑寺(長崎市)正信会から返還。 弘宣寺(長崎市)• 法通院()• 宣妙寺()• 法義寺()• 聞法寺()• 法光寺()• 広大寺() 熊本布教区(熊本県) [ ]• 真法寺()• 涌徳寺()• 護命寺()• 知広寺()• 法観寺()• 正化寺()• 正宣院()• 長照寺() 大分布教区(大分県) [ ]• 本土寺()• 妙祥寺(大分市)• 法泉寺()• 蓮覚寺()• 寿福寺()• 善妙寺()• 得妙寺()• 法柱寺()• 妙益寺() 宮崎布教区 (宮崎県) [ ]• 仏知寺()• 専唱寺(宮崎市)正信会から返還。 寿正寺(宮崎市)• 本源寺()• 妙善院()• 本建寺()• (日向市)• 妙長院()• 実報寺()• 善教寺()• 法蔵寺()• () 南九州布教区 (鹿児島県・沖縄県) [ ] 鹿児島県 [ ]• 西大宣寺()• 深教寺()• 海王寺()• 正遍寺()• 立安寺()• 仏命寺()• 蓮秀寺()• 慈海寺()• 浄願寺()• 恵楽寺() 沖縄県 [ ]• 光明寺()• 妙隆寺()• 仏法寺()• 唱行寺() 脚注 [ ] [] 出典 [ ].

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